たまには本でも

誰にでもできる恋愛 村上龍 -読み始めた本の話-

誰にでもできる恋愛というタイトルながら、実はそうじゃないって、身も蓋もない話満載でなかなか面白い本ですよ。
雑誌のコラムを集めた本のようですが、恋愛といいながら、実は人としてどういう生き方をするかみたいな話でしょうか。

結構、共感するところがあって、自立して生きるということの大切さが分かる感じ。

私がいつもいつも思うのは、どうしてこの国の人たちは1人の人間を「個」として尊重しないのかということ。

病気になった時も「XXXについてご家族に説明します」ってまず先に言われて、いや、私が病気なんだから、私に説明してくれればいいことでしょ?って。

家族に言うかどうかは、私が決めるのにって、本当に嫌でした。

「私でもいいんですよね?」

って言えば、「いいですよ」ってことでしたけど。

不治の病だったとしても、私は自分に言って欲しいです。

もちろん、その意思を確認してもらうことは大事だと思うのですが(家族に依存している人は多いので)、ちゃんと意思を持った大人に対して、家族家族って連呼されるのがどうにも違和感があるんですよね。

とはいえ、病気になって、確かに1人だと色々大変だと実感もしました。

病院の支払ひとつでも、自分が銀行に行かないといけないのに、ベッドに点滴で縛られいてるような状態では、外出もできませんし。

もっと重い病気ならなおさらですよね。

なんていっても、そんなこと考えて人を好きになることはないでしょうし、もしこれから誰かと恋愛をするのであれば、まっすぐその人を見てしたいと思います。

本当に付き合うかどうかは別にしても、そういう風に思える人には、ついぞ会う機会がない私ですけども(笑)

最近読んだ本(単なるメモ)

欲と収納 群ようこ
母のはなし 群ようこ

いま本当に伝えたい感動的な「日本の力」 馬渕睦夫

ハリウッドではみんな日本人のマネをしている マックス桐島

韓国人による恥韓論 シンシアリー
韓国人による沈韓論 シンシアリー

かもめ(何度目かの再読) チェーホフ
(舞台を何度見るも、いまだに市村正親を超えるトレープレフに出会わず)

エッジ 上下 鈴木光司
リング(再読) 鈴木光司

虚ろな十字架 東野圭吾

おのぞみの結末 星新一
(懐かしくてKindleに入れた)

恐怖 筒井康隆
(これもKindleで再読)

本能寺の変 431年目の真実  明智憲三郎(光秀の子孫の方だとか)
(これはまだ途中)

ダメなときほど運はたまる 萩本欽一(再読)

欽ちゃんの本の第4章は、「運をつかむには言葉を磨け」っていうのですが、これ、本当にそうだと思います。

恨み言ばかり口から吐いている人に運はたまりません。
それいいな!って言葉が自然に出てくるようになりたいものです。

さて、もっと読んだはずですが、病院で斜め読みも多かったので、すっかり忘却の彼方です(笑)

マンガは楽し(その1) 女子高生は不幸がお好き。

今はまったく漫画というものを読まない私ですが、遠~い遠~い昔の10代の頃は別マとかぶーけとかを買って読んでました。

そのさらにもっと昔(もう記憶もない)である小学校の頃は、なかよしとかりぼん(笑)
なかよしに連載されていた「キャンディ・キャンディ」って、楽しみだったなぁ~。

とはいえ、こっちは、もっぱら付録目当てでしたけど。

何がどこで連載されていたとか、そんなことはすっかり忘れてしまいましたが、なんだか漫画について考えていたら、懐かしい~と思って思い出したのを挙げてみたいと思います。

トシ、バレるね(笑)

言っておきますが、時系列順は無理。
もう、記憶がありません。
内容はいちいち細かく紹介しませんので、興味を持ったらAmazonででも探してみてください。
復刻版とかであるかもしれません。

現実離れした内容として、一世を風靡したのは「砂の城」
有閑倶楽部がドラマにもなりましたから、若い人もご存じの一条ゆかり先生の作品です。

一条さんの作品て、絵が綺麗で大人っぽいストーリーが多かったので、たとえ「有閑倶楽部」のように主人公が高校生メインの作品でも、ちょっと他とは違っていました。

代表作の砂の城、なんと舞台はフランス。
お金持ちのお嬢様ナタリーとイケメン孤児フランシスの恋のお話なんですけど、もうこれがあり得ないくらい不幸な出来事満載のストーリー(笑)

とにかくなんでここまで不幸なことばかり起こるのかしらん?って感じで、主人公のナタリーとフランシスのこれでもかっ!!ってくらいの悲しいストーリー展開にハマります。。。

今の子と違って、海外旅行なんてしている家庭がほとんどなかった時代ですから、私の子供の頃におフランスなんて、それはそれは遠い異国の地。

そこで繰り広げられる実は日本的な不幸満載の物語は、少女の心をわしづかみにして離しませんでしたよ。

ああ、ナタリーったら可哀想・・・・。
でも、大人になってからのナタリーのジコチューぶりにイラっとしたこともありましたけども。

そして、おフランスといえば、もちろん池田理代子先生の「ベルサイユのばら」を忘れるわけにはいきません。
フランス革命を背景に男装の麗人オスカルが大活躍する物語。

これもまぁ、不幸っちゃー不幸な物語なんですよね。
昔の漫画って、こういう暗い影を負う主人公の人生を読むみたいなのが流行った気がします。

オスカルって、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェって名前なんですけども、他もまぁ、こんなの覚えられないよって名前ばっかりで、もっぱら、オスカルとかアンドレくらいでお茶を濁していたんですけどね。

マリー・アントワネットもちょっとバカっぽい感じ(と受け取ったのは私だけ?)で出ていましたっけ(フランス革命だから出ないわけにいかないですよね)。

なんて書くとなんだかさっぱりわかりませんが、平たくいえばそういう時代背景の中に生まれた人々の愛の物語でございます。

これも、舞台がおフランスですし、古い時代のお話ですから、現実離れしていて、とっても面白かったです。

と、ここまで3作品(キャンディ・キャンディ、砂の城、ベルサイユのばら)は、すべて外国が舞台で、主人公が度重なる不幸に直面してもけなげに生きていくという共通項がありました。

昔の女子中高生って、不幸なネタが好きだったのね。
ただの胸きゅん♪ラブ・ストーリーじゃなくて、現実離れした胸きゅん♪ラブ・ストーリーが流行ってましたっけ。

迷わない。 櫻井よしこ著

櫻井よしこさんといえば、いつも素敵なスーツを着て、笑顔の素敵な女性という感じですが、お若く見えて今年の10月で69歳になられるそうです。

年を重ねても、あそこまで凛としているのは良いなぁ~と同じ女性として思っています。
決して、すごい美人というわけではないけれど、自信にあふれた佇まいは、多くの人を魅了しているのではないでしょうか。

その櫻井さんが書かれた「迷わない。」という本を読みました。

自身の半生を綴りながら、ジャーナリストとして人間として、どう生きてきたのかを非常にわかりやすい文章で書かれています。

終戦の年にお父様の仕事の関係でベトナムで生まれた櫻井さん。
ジャーナリストを志したのも、偶然の出会いがきっかけでした。

ハワイ大学を卒業し、帰国して右も左もわからない中、知人からの紹介で「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙の東京支局に就職されたそうですが、元々はジャーナリズムに関心がなかったそうですから、なんとも縁というのは恐ろしいものですね。

著書の中で印象的だったのは、決して「私はこうやって成功した」的な内容ではなく、自分の失敗談や批判はあっても自信を持って行ったこと、結婚と離婚、そしてお金に関することなど、読んでいてもすっと心に入ってくるような、ありのままを書かれている印象です。

人生の先輩の体験として、女性には大変参考になる本ではないでしょうか。

決めたら、迷わない。

迷ってばかりの人生ですが、いざという時に腹を決められるかどうかで、人生の行く末も違ってくるというのは、私自身の体験からも納得です。

Sakurai
迷わない。 櫻井よしこ著
新書のほかにKindle版もあるようです。

日本はなぜ アジアの国々から愛されるのか

「日本はなぜ アジアの国々から愛されるのか」池間哲郎著
読了しました。

素敵な本ですよー。
日本に、この国に生まれて本当に良かったと思えると同時に、日本らしさを失ってしまうことに危機感を感じます。

今回、フィリピンでも台風の際に略奪や強奪が起こって、治安維持が大変でした。
日本は、どんな災害が起きても、略奪は起こりません。
これだけを取っても、日本人がいかに温厚で規律正しい民族かが分かります。
・・・とこういうことを書くと「いや悪い人もいる」と必ず言う人がいますが、そんなことは当たり前です。
100%良い人ばかりの国なんてありません。

日本にあこがれて留学してきていたサウジアラビアの若者が「ヨーロッパやアメリカの真似をしないで、自信を持ってほしい」と日本に対して言っていました。

日本は日本らしく。
2000年以上続く、歴史ある国を滅ぼさないためにも、自分が自分がという欧米文化から少し離れてもいいと思います。

でも、主張すべきところは主張しないと、ダメですけどね。

Amazon
アフィじゃないよ(笑)

清州会議 三谷幸喜著

映画にもなるんですよー。

11月が楽しみです。
まだ読み始めたばかりですが、小説も三谷ワールド満載で、とっても面白いです。

清州会議といえば、織田信長が本能寺の変で亡くなり、嫡男の信忠も死んでしまって「さて、御館様の跡取りはどうするか?」ということで、柴田勝家、羽柴秀吉など、織田家の宿老が集まって行ったあの会議のことですよ。

この本は、信長の死から始まって、なんとかお家を守ろうとする勝家と「俺が狙うは天下国家」とばかりに「おバカ」で扱いやすそうな次男信雄(のぶかつ)を推して跡目を継がせ、自分が操ってやろうという魂胆の秀吉との攻防を描・・・・いてるはず(笑)

最初に炎に包まれて「最早、これまで」と覚悟を決めた信長の独白から始まって、勝家やら秀吉やら、それぞれの登場人物のひとりごと?で話は進んでいくのです。

そして、ポイントはこれが「現代語訳」となっているところ。

だから、表現が自由!

とっても自由!

もうこれでさらば!となるところで信長が切腹しようと「今、ちょっと腹の皮を切ってみた」なんてのがあって、登場人物それぞれのモノローグが笑えます。

さて、どうなることやら。

KiyosuAmazonならKindle版もあるよー。
Kindle持ってるくせに文庫本買った私でした(笑)

幻冬舎文庫で、600円でした。
Kindleは542円です。

ぼくらの祖国 青山繁晴著

9784594061838_2正直に告白すると、どっぷりと戦後日本の「歴史教育」を受けた世代の私は、日の丸・・・つまり日本国旗がたくさんはためいているのを見ると「ぞっとする」という、相当に洗脳された人間です。

これは、そんなことが「おかしい」と気付いた今でもそうで、別に右翼がどうということではなくて、単に国旗がたくさんはためいているという画像だけで、なんとなく「軍国主義」みたいな考え方が無意識に沸いてきて、なんともいえず嫌な感じを受けるのです。

自分が生まれ育った国の旗がゆらめいているのを見て、ぞっとするように教育されてしまった国民て、いったいなんでしょうか?

自分の国の旗を見たら、イコール戦争なんて思いが出てくるように、まったく戦争を知らない私が思うのは、いかにも変な話です。

そして、自分の生まれ育った国について愛着を持ったり、自国の文化や歴史を誇らしいと思うことになんだか罪悪感を持っていたのも、本当に本当に「事実」でした。

でも、普段は日本の歴史がどう・・・なんてあまり考えなかったこともあって、あまりこのことについて深く考えることも「おかしい」と思う気持ちはあっても、戦争に負けて裁判で裁かれたりしたのだから、仕方ないんだという程度の思いしかありませんでした。

知識がなかった私は「東京裁判」自体が実におかしなものだったということも(恥ずかしながら)よく知りませんでしたから。

戦争という行為を美化したり、肯定する気持ちは微塵もありません。
どういう大義名分があったとしても、戦争は結局、人が人を殺すという殺し合いです。
そんなものを「良い」とか「悪い」という言葉で分類できるものでもないし、理性がある人間という生き物がそんな手段で物事を解決するというのは、間違っているというしかありません。

しかし、私はこの本を読んで、自分が大きな過ちを犯していたことを痛切に感じました。

ずっと戦争は悪いことだと思っていたし、日本軍というのも悪い存在だと思っていて、軍人という言葉を聞くだけで非常に暗い、嫌な気持ちがしていました。

いわゆる嫌悪感というやつです。

しかし、この本を読んで、戦争は悪と断言しても良いけれど、その戦争に行った人たちは「悪」ではなかったことをようやく自分が気づき、その理由について納得もできたのです。

もちろん軍の上層部の人たちは、国民を戦争に巻き込んだ責任があります。
それは誰がなんといおうとあると思う。

でも、起きた戦争に行った人たちというのは、別に私利私欲や自分の野心のために戦争に行ったわけではなく、「国のため」や「家族を守るため」と信じて、自分の命を懸けたのです。

戦争を考える時、ただただ軍国主義という言葉ですべてが十把一絡げになり、国や国で待つ人々のために命を懸けて戦ってくれた人々をも教育によってではあるけれど、自分で考えることもせずただただ「悪人」と決めつけて考えていた自分の間違いをはっきりと自覚しました。

この本は、別に戦争のことだけが書かれている本ではありません。
祖国というものはなんなのか、みんなで考えるきっかけとする本です。
そして、その祖国を考えるためにも、先の戦争で亡くなった方たちに対しての間違った認識を改めなければいけないと教えてくれていると感じました。

硫黄島のことを書かれた章を読んだ時は、涙でなかなか進めませんでした。
安倍政権で必ず、滑走路の下に埋もれている日本の英霊の方々の遺骨を取り戻し、本土に帰してあげて欲しい。

節にそう願います。

世界のどんな国にも、子供たちに「祖国」を教える教育がある。
でも、日本にはそれがない。

自分の生まれ育った国の国旗に敬意を表したり、国を愛する気持ちを持つというと「右翼」と言われる。

こんなのおかしいと思いませんか?

それぞれに感じ方が違うかも知れませんが、多くの日本人に読んで欲しい本です。

永遠の0 -初心者向け戦争入門書-

ただいま読書中の話。

浅田次郎氏の「日輪の遺産」を読んでいたのですが、会社の書棚に以前から読みたかった百田尚樹氏の「永遠の0(ゼロ)」が戻っていたので、日輪の遺産を途中で休んで、そちらを読んでいます。

司法試験を4回落ちて、すっかりやる気をなくし、自宅でぶらぶらしている健太郎にフリーライターをしている姉の慶子から、「おじいちゃんのことを調べるから手伝って」と言われます。

慶子の言う「おじいちゃん」というのは、存命の祖父のことではなく、慶子たちが生まれるずっと前、先の戦争で大日本帝国海軍の特攻隊として死んだ祖父、宮部久蔵のことでした。

バイト代を出すという姉の言葉に渋々引き受けた健太郎は、各所にある戦友会に祖父のことを知っている人がいるかという問い合わせの手紙を書き、そして連絡をくれた人々に会いにいく・・・・というストーリー。

会いに行った元海軍軍人たちの証言から語られるそれぞれに「違った」祖父の印象。
「臆病者」と言う人もいるし、「素晴らしいパイロットだった」と証言する人も・・・。

果たして、健太郎たちが会ったこともない祖父・宮部久蔵とはどんな人物だったのか。
人々の証言から、徐々に明らかにされていきます。

さて、これはフィクションです。
ただし、中で語られる戦争の諸々については、各種の参考文献から再構成したのか、あまり戦争について知らない人には「入門」的に分かりやすく読めると思います。

また、実際に戦争中活躍した人々の名前も出てきて、興味をそそります。

たぶん、賛否があるのは、かの戦争について色々と学び、本も色々と読んでいる人にしてみれば、かなり物足りない部分はあるのかなと第4章まで読み進んでみて分かりました。

ただ、私のようにそこまで詳しくないものにとっては、あの戦争の流れも分かりやすくちりばめられているし、物語としての進み具合もスムーズで、決して読みにくい本ではありません。

純粋に面白いです。
ベストセラーになったのも分かります。

「生きて帰り、まだ見ぬ娘清子に会いたい」と願った宮部がなぜ特攻隊に志願し、死んでいったのか、続きがとても気になります。

それから、本の中に出てきた海軍中尉、坂井三郎氏が戦後著した「大空のサムライ」にもとても興味をそそられました。
ぜひ、読んでみたい本です。

悪夢のエレベーター 木下半太

自分じゃ絶対買わない本ですが、会社の棚にあって自由に読んで良いというので、手に取ってみました。

審判も実はそれで読んだのですが、こちらは打って変わって軽いクライム・ノベルです。

あるマンションのエレベーターに閉じこめられた男女4人。
話は大半がこの密室で進行します。

この4人、見た目も怪しくて、さらに段々と「本当に」怪しい人々が集っていることが分かってきます。

男性3人女性1人が閉じ込められ、ある理由から時計もない、携帯電話もない、そして防犯カメラもダミーという絶望的な状況で、なんとかして外に出ることを考えるのですが、どうにも原始的な方法しか思い浮かばずに途方に暮れてしまいます。

待望の第一子を身ごもっている妻から「陣痛が始まった」という電話を受けていた小川順は、パニック状態。

なだめる3人も一癖も二癖もある人物らしく・・・・。

あとは読んでのお楽しみ。

途中で「視点」が変わっていくので、飽きずに読めました。
読み返すような本ではないですが、暇つぶしにはちょうど良いボリュームと内容でした。

メインのキャラクターが変わっていて面白いので、あっという間に最後まで読めますよ。

映画にもなったので、Tsutayaで借りてきてはどうかしら。

【現在進行中】

浅田次郎著 日輪の遺産を読み始めました。
これも、会社の棚にあったので(笑)

戦争時代に挺身隊として工場に駆り出されていた女子中学生が出てきます。
完全なフィクションですが、その時代の人々って、こんな風に考えていたんだろうなとまだ読み始めたばかりなのに、切ない気持ちです。

審判 深谷忠記著

加害者と被害者。

犯罪の当事者になってしまった人々って、結局「裁判が結審した」としても、それで「ハイ、終わりです」とはならないですよね。

こと「人の命を奪った」殺人という重い罪については、たとえ犯人が死刑になったとしても、亡くなった被害者が戻ることはありません。

当事者が納得するしないに関わらず、法的に決着したというだけで、起きてしまったことがなかったことにはなりません。

この「審判」は、犯罪に対しての真の審判とは何かという問いかけがなされた作品でした。

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ある県の歴史的な遺跡のある公園で、古畑麗(8歳)の全裸死体が発見された。
出てきた証拠から、犯人は柏木喬(24歳)と断定され、裁判の結果、懲役15年の判決が下る。

柏木自身は「自白」はしたものの、裁判中は終始一貫して「無罪」を主張し、自白は強要されたものであり、冤罪だと言い続ける。

しかし、車のトランクから出てきた少女の毛髪などが動かしがたい証拠とされ、柏木の主張が認められることはなかった。

刑期を満了し、出所した柏木は「自分は無実だ」と、ウェブサイトを開設し真犯人は時効のため罪にはならない(小説は法改正以前の物)から名乗り出て欲しいといい、自らも当時の取り調べを担当した刑事の前に現れたり、執念の行動を見せる。

果たして、柏木は無実なのか、だとしたら、いったい犯人は誰だったのか。

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登場する人々が丁寧に描かれることから、ちょっと説明が長いなと感じる部分もありますが、ストーリー自体は意外な展開に一気に読めました。

読者には、犯人を取り調べた元刑事(村上)が当時どのような取り調べをしたかなどの情報が開示されるので、犯人として服役した柏木がどんなに「証拠をねつ造して自白を強要した」と言っても、村上がそんなことをしていないのはわかるのですが、人間本当に犯罪を犯したとしたら、ここまでやれるものか?という疑問もわいてくるので、じゃあ、誰が少女を殺したのか・・・という興味はわいてきます。

そこで、登場人物ひとりひとりが当時どうだったのか、殺された少女の同級生が目撃したある人物の話など、徐々に真相に近づいていきます。

「もしかして、この人が?」

というのが「当たった」と思うと次には「あれ?」と違う方向に進むので、最後の最後までページをめくる速度を落とすことはありませんでした。

読み終わってから、なるほどねぇ・・・とはなるのですが、人ってこんなもんなのかというがっかり感もあったりして、どうにもスカッとする話でなかったので、万民が読んで良いと感じるかどうかは分かりません。