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いただいたツキ。

小さなことでも、良いことが重なると嬉しいですね。

昨日の兄ちゃんにデブだのバカやろうだの罵倒されたおかげで、今日(もう昨日だわ)は、「あっ、これ買わないとなぁ」って思っていたヘアーコンディショナーをある理由でタダで貰えちゃいました。

買おうと思っていた物よりも、良い商品だったのでラッキー♪

もちろん、日常で使うものですから、そんなにすごい高いわけじゃないですよ。

でも、自分で買うものにしては高いんだなー(みみっちく調べてみたら最安値が3,300円)。

コンディショナーに3,000円なんて、自分じゃ絶対買わないもん!!

すっごいラッキー♪

他にも色々と詰め合わせだったので、美容液とか口紅とか・・・。
サンプルじゃなくて、ちゃんと製品です。

訳あってブランド名は言えないのですが、誰でも知ってるところです。

普段は、自分としては高くて買わないので(安価なブランドも含んでますけど)、今回は本当にラッキー。

お兄ちゃん、ありがとう♪

最近、こういう感じで色々あって、ツキっぱなしなんですよね。

こうなったらいいなってことが、全部叶ってます。
もちろん、身の丈にあった普通の願いなのですが、なんで本当にそうなるの?!って驚くことばかりですよ。

今日もツイてます!

あなたのツキはいただきます。

マクドナルドのジャンクフードって、なんだか無性に食べたくなる時があります。

今日、帰りに代々木駅前のマックに寄って買い物をしました。

お行儀悪いけど、ちょっとつまみながら帰ろうということで持ち帰りに。
商品を受け取って、『なんか手が洗いたいけど水道とかは奥に行かないとないかな』と店内を見回してもなさそうだったので、カウンター横の元来た通路に行こうとしたら、なんとそのカウンターの脇に水道がありました。

『良かった!ラッキー♪』

カウンターの端っこに紙袋を置こうとしたら、頭の後ろから

「なんだこのデブ!ぶつかったのに黙って行く気かよ!」

と怒気を含んだ男の声が・・・。

『なんだろう?』

声のした方に顔を向けると、すぐ近くのカウンター前にいたTシャツ姿の男性が、すごい形相で私を睨んでいました。

「なにぶつかってんだよ!!!」

と顔を見て怒鳴るので、まったく気づかなかった私はびっくり。

だって、何の振動もしなかったし、ぶつかったと言っても、たぶんTシャツで薄着のそいつに私のモコモコのダウンが当たったという程度だったと思います。

鞄は反対側だし・・・。

思わず「えっ?私ですか?」と聞き返すと、「そうだよ、てめーだよ!なにわざわざぶつかってんだよ!」と怒鳴るので、『わざわざぶつかるなんてあるわけないっしょ』と思いつつも、謝ろうと「ごめんなさ」まで言うと、また「ったくふざけんなよ!(以下略)」と怒鳴ってきたので、今度は、にっこり笑って大きな声で「気が付かなかったので、申し訳ありません」と謝って、頭を下げました。

さすがにそこまでされたらという感じで、目を落として「ったくざけんなよ」と吐き捨てるように言って終わりという感じでした。

それからその水道で手をゆっくりと洗ってから店を出ました。

30代半ばかそれ以上くらいで、顔の色が浅黒く、見るからにストレス溜まってます!みたいな感じでした。

だいたい、力いっぱいぶつかったとか、そんなことでもないのにちょっと触れたくらいでそんなに大袈裟に怒るなんて、心のキャパが全然ないんでしょうね。

かなり気の毒になりました。

面白かったのは、そんなに怒っているのに、言葉と言葉の間でスマホを見て画面をチャチャっとタッチしていたことです。

吹きださないようにするのが大変でした。

五日市さんに「人生がツキっぱなしになるルール」を教えてくれたイスラエルのお婆さん。

そして、そのツキがなくなってしまうのは、本当に簡単だとも教えてくれたお婆さん。

***

「五日市さん、言ってはいけない言葉があるのよ。言っちゃうと、ツキが吹っ飛んじゃうの」
「へえ~、どんな言葉なんです?」
「まずはね、汚い言葉。“てめ一"とか“死んじまえ一"とか、“バカヤロー"、“クソックレー"とかね。そういう汚い言葉を平気で使う人というのはね。そういう人生を歩むのよ。だからきれいな言葉を使いなさい」

(講演筆録「ツキを呼ぶ魔法の言葉」より)

****

彼が怒鳴っている間中、このお婆さんの言葉を思い出していました。

『ああ、これでこの人は今、自分のツキをどんどん無くして、それがその分私に来るんだわ』

目を吊り上げて、てめーと怒鳴っている男を目の前にしても、「怖い」という感情は一切なく、心から「気の毒」と感じてしまっていました。

まったくの他人にツキを分けて貰えちゃって、なんだか申し訳ないですね。
せっかくいただいたので、そのツキを手放さないように気を付けたいと思います。

それから、「人の悪口を言う」とツキは逃げて行くそうです。

自分の人生を肯定し、「ありがとう」「感謝します」を実践する。
たったこれだけの簡単なことなのに、なかなか実践出来ないのがツキを呼ぶ魔法の言葉の実践方法。

思い返せば、イスラエルのお婆さんだけではなく、幸せになるというのは、ある意味ひとつの意味しかないんですね。

今、生きていることが楽しいか否か。

生きていて楽しいというのは、嫌なことがないとかそんな楽園みたいな生活になることではなくて、何があっても大丈夫という強い自分になるという意味です。

そういう自分にならねば・・・。
最近、本当にそう思います。

母からの電話

掃除をしていたら、滅多に鳴らない携帯の着信ベルが鳴りました。

見ると母からで、またまた嫌な予感。
母親と連絡をとることがほとんどないため、電話が来ると「何かあったのではないか」と思ってしまう、パブロフの犬状態(笑)

取ってみると「ちょっとお願いがあるんだけどー」という済まなそうな声が・・・。

『母ちゃん、薄給派遣社員に金はないぜ』

心で思いながらも「なに?」と聞くと・・・。

数か月前に母はある事件が発端で、現在の相方さんと千葉県の香取郡というところに引っ越したのですが、聞けば本当にすごい田舎。

千葉って東京からそんなにかからず行けるところなので、そこまでのイメージはなかったのですが、「とにかく何にもないのよー」という悲壮な顔が浮かぶような声で母が話していたのです。

今回のお願いというのは、室内履きとか靴下とか、ユニクロの上下とかを送って欲しいというもので(最初は靴下だけだったのが会話してたら増えた(O・-・O))、スーパーは1軒あるものの、そういう物が買えるところが1軒もないというのです。

もう、爆笑。

景色は良いし、空気は美味しいし、敷地に柿木なんかもあるんだけど、100円で乗れるコミュニティーバスは平日しかなくて夕方までしかないから、成田の道の駅まで出て買い物なんかに行ったら、帰れなくなってしまう・・・。

室内履きひとつ買える店がないということで、引っ越したばかりの頃は東京生まれで一時住んでいた横浜の外れの地以外はずっと東京で暮らしていた母にとって、ちょっと行けば何でも手に入るというところから、いきなり何にもないところに行ったので、少しの間鬱みたいになってしまったのだとか。

なんとか立ち直ったらしいのですが、これは本当によく分かります。
たまに行くならいいのですが、私も田舎暮らしは絶対無理と思っているので、都会しか知らない母には相当苦しいと思います。

とはいえ、この時代に住む家があるということは幸せなことなので、なんとか頑張って欲しいのですが・・・。

ユニクロのネットショップで靴下4足、室内履き1足、マイクロフリース上下セットを買って送りました。

しかし、ユニクロって安いですね。
これで5,400円くらいで、送料無料(5000円以上無料)です。

届くまでに1週間くらいかかるとのことなので、それがちょっとネックですけども。

「日本人」を誇れる人に。 その1

平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災の時、確かに後で小さな犯罪はたくさんあったと報道されてはいましたが、よく世界のニュースで見るような大型のスーパーなどを集団で襲う「Looting(略奪)」は起きていません。

日本人の感覚からすると何故そんなことするのか?という感じですが、外国のニュースで笑いながらスーパーから物を盗む映像を見て、外国って怖いなぁ~と心底思いました。

報道などで、東北の人々が協力し合い、助け合っている姿や、何時間もじっと並んでスーパーの順番待ちをしているのを見て、都会に暮らしていると忘れがちな「日本人」の良い面、昔から持っていた「和」を重んじる生き方を思い出させてくれたように思います。

欧米の生活スタイルがイコール悪などということはありませんが、およそ日本人に合わないのではないかということまで、なんだかそれに合わせることがグローバル化であるかのように言われ、そして、それがまたうまく馴染めないために目指したのが義務と権利を合わせ持つ「個人主義」のはずだったものが、権利ばかり主張して他を思いやることを忘れた、単なる「利己主義」になって定着してしまっているのではないでしょうか。

日本初の成文法である十七条憲法は、推古天皇(在位:593年1月15日 - 628年4月15日)の頃、摂政であった厩戸皇子(聖徳太子)が定めました。

その第一条が有名な「一曰。以和為貴。無忤為宗。(以下略)」です。

これは、「一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。」と読み下し、現代語に訳すと「一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。」ということになります。

この国は基本的に「こういう風にやっていくんだよ」と国の基本姿勢を書いたものが憲法ですから、その一番最初に「みんなで協力し合っていくことが一番大切だ」と書いてあるわけです。

「和」というのは、自分というものをしっかり持ちながらも、他と調和していくということだそうですが、これを読むと、和というのは単に妥協して協調せよという意味でないことが分かります。

しっかりと自分という自己を確立しながらも、他の意見に耳を傾け、相手を尊重して暮らしていくことが大切だ・・・ということではないでしょうか。

今、その「和」の精神が見直されはじめています。

周りを見渡せば、自分を顧みずに相手を非難している人が本当に多いですね。
逆切れなんていうのも、その典型です。

確かに「お前が言うな」と言う人に注意されたりすると頭にくることは確かですが、客観的に自分を見て、その人がどうではなく「本当にその通りのことを自分はしていたな」と思えば、素直に聞けるはずです。

しかし、何か言われたら自分の行為を反省するどころか、注意した人をののしるとか、そういう逆切れ現象は本当に多いようです。

先日、友人からメールが来ました。
なんだか怒っているようで、よく読むとこれがまたすごい(笑)

笑っちゃいけないのですが、もう呆れて笑ってしまうような内容だったのです。

電車で席に座っていた時のこと。
隣はどうやら就職活動中の女子大生(スーツ姿や持ち物で分かる)だったようで、ずーっとスマホで何かかちゃかちゃやって、肘が友人に何度も当たっているのにまったく意に介さず、挙句には電話で友達と通話まで始める始末。

30分以上もスマホを操作して、腕が動いてグイグイ押してくるため、友人が「痛いから、肘を引いてもらえない?」と注意したところ、ものすごい怒りの顔で友人の脇の下を肘で猛烈について(プロレスでいえばエルボー?)きて席を立ったそうです。

あまりの痛さにうずくまると、隣の女性がその女子大生を捕まえてくれ、「暴力女は駅員につきださないと!大丈夫!?」と助けてくれたそうです。

次の駅で駅員に事情を話して警察に突き出しました。
もちろん、反省して謝ってくれればそれでOKというつもりだったのですが、その後掛かってきた母親からの電話には茫然。

「あの子は、就職活動のストレスで暴力をふるってしまったの!だから悪くないの!
誰にでもあるでしょ!?それくらい大人ならわかるでしょ!?だいたい、優先席で携帯くらいみんなやってるでしょう?それを注意するなんて!あんた被害者ぶってるけど、ただのクレーマーなキチガイでしょ!!」

謝罪のシャの字も一切なく、いきなりこうまくしたてられました。
フリーで仕事をしている友人は、メモが取れない時のクセで録音ボタンを押していたので、その母親の脅迫まがいの言葉もちゃんと録音していました。

母親は、「うちの娘を犯罪者にしたあんたを一生恨んでやる!!ぶっ殺してやるから!!自宅に火つけてやるから、苦しんで死ね!」とまで言ったそうです。

帰りに警察に出向き、その録音を再生した上で「家族に被害が及ぶと困るので、被害届を出します」と言って、手続きをしてもらいました。

その時の刑事さんとの会話です。

「こういう親は危ないね。本当にやるタイプ。脅迫以前に、娘が傷害(事件)起こしたっていう自覚ないのかね?何で被害者が悪くなるんだ~?」

「さあ?私に聞かれても・・・」

「最近の親っていうのはわからないね。恥って言うのがない親から生まれると、子供は一生不幸だね。子供って言っても、とっくに成人過ぎてんだけどね。」

苦笑いの刑事さんに作成してもらった書類に色々と記入して、遅くに帰宅したそうです。

すると今度は、父親という人から電話が掛かってきて、「つまりは金だろう?いったいいくら欲しいんだ」と、これまた謝罪のシャの字もなくいきなり言われ、友人がお金の問題ではないと言っても認めず、「貧乏人のゆすりたかり」とか「幸せな家庭をぶち壊す気か!」と怒鳴ってくる始末。

ちょっと注意されたくらいで暴力を振るう娘や、娘のしたことを謝るどころか相手を罵倒し脅迫する母親、そして、それをそんなことくらいと言ってお金で解決しようする父親。

いったい、どんな「幸せな家庭」を築いていらっしゃることやら(笑)

友人は冷静に「娘さんの暴力と奥さんの脅迫。お2人が心から謝罪できるまで待ってます。
頭を下げて礼儀をきちんとされて謝罪ができればそれで結構です。お金は必要ありません」と言うと、その父親は最後の最後に「弁護士を入れる!必ずオマエを後悔させてやるからおぼえとけ!このアホが!」と怒鳴って電話を切りました。

後日、本当に弁護士から連絡があり会いに行くと「頭は絶対に下げられない。謝罪はあり得ないけど、起訴だけはされたくない」というハチャメチャな言い分を笑って告げられたそうです。

とにかく「お金でのみ解決したい。いくら払えば訴えを取り下げてくれるんだ」と言われて弁護士としても困っているんですというので、「謝罪以外受け入れられない」とした上で、どうしてもお金というのなら、5千万円と言って帰ってきたそうです。

ここまでの人ってそんなにいるのかなぁ~と思いましたけど、実際は最近の親はこんなのばっかりだそうです。

この話をした友人たちから、色々なエピソードが出る出る。
駅で歩いていただけで、後ろから思い切り蹴っ飛ばされたとか(どうも、友人の歩いている方向に急いでいたので邪魔だったらしい)、ちょっと肩がぶつかっただけなのに、戻ってきて後ろから蹴り倒されたとか(急いでいたのですみませんと言わなかった自分も悪いけどとは言っていましたが)、そんなことで暴力?というのが出る出る。

一部の大学生の実態とか、聞くと本当に情けなくなります。
そして、その親の世代というのは、私や少し上くらいの年代なので、それもまた情けなくて仕方ありません。

しかし、どうして、こんな風になってしまったんでしょうか。

日本は、こんな自己中心的で暴力的な人たちばかりになって、やがては「日本」という国自体が滅びてしまうのでしょうか。。。

松岡ゆかり 1stアルバム 発売決定♪

2013年2月20日 松岡ゆかりさんのアルバム発売が決まりました。

応援、よろしくお願いします。

シアターN渋谷 閉館

「こんな映画ここでしか観られない!」

という、奇特な映画を今までたくさん上映してくれていたシアターN渋谷。

ミニシアターがまたひとつ消えることになってしまいました。

これから、普通の映画館では観られない危ない映画はどこで観たらいいのでしょうか?

恵比寿ガーデンシネマも閉館、シネマアンジェリカも閉館、シネセゾン渋谷も閉館、TSUTAYAも閉館してしまい、「この映画ならここで上映するだろう」と期待していたら、やっぱりやってくれたっていうミニ・シアターが軒並み閉館してしまいました。

その中で頑張っていたシアターN渋谷。
沖縄文化を映画にしたホラーのアコークローとかダリオ・アルジェントものとか、地底にいるクリーチャーのお話「ディーセント」とか・・・。

他では観られないマニアックな映画もたくさん見ましたし。

なんか、楽しみが少なくなってきて、すっごく残念です。

画一化した映画館ばかり増えて、こういうミニシアターでしか観られないという映画が減ってしまうのは映画ファンにとっては痛いですね。

ある意味本当に不幸な夫婦に遭遇したこまりんさんからのメール。

今、なにかと話題の生活保護。

本当に困った時の最後の砦ではあるものの、本当に必要な人ではなく、必要じゃない人に多く払われているのでは?との疑問の声が多くあるようですね。

お馴染みのこまりんさんから、数日前の出来事を書いたメールを貰いました。

こんな人がいるから、本当に困った人にしわ寄せがいくんだなと複雑な気持ちになりました。

最近、「言霊」というのは本当にあるんだなと実感しています。
汚い言葉が蔓延していて、日本全体が負のミストに覆われているような昨今。
やっぱり、悪いことではなく、良いことのために自分の言葉を使いたいなと強く思っています。

なかなか心の清らかな人にはなれませんが、努力して綺麗な言葉を使いたいと思います。

では、いつも誰かしら困った人々に出会ってしまう、こまりんさんの体験をどうぞ・・・。

*******

うちの最寄駅発の夜のバスは間隔が20分なんです。だから、月末の夜なんてつり革もないくらいのコミコミです。
普段から遅れる路線のせいもあり、昨日も遅れて到着したバスに長蛇の列が出来ていました。

遅れて到着しても、それに慣れている客は「またか~」のため息程度。
当然私も遅れることを見込んで、改札から走ったり歩いたりと調整しています。

そんなバスに、大きなベビーカーと赤ちゃんを連れた中年の夫婦が一組乗り込んできました。
当然、中はぎっしりと人が立っています。

「どけって言ってんだろ~!」

赤い有名ブランドのトレーナーに金髪の中年の旦那が蹴散らすように言いました。

「子供連れが優先でしょ!こっちは子供がいるのよ~!!子供がかわいそうでしょ!!」

おばさん?に近い年齢の奥様もお高いブランドのリュックを背負って、旦那に負けていません。

どうやら、似たもの夫婦みたいです。

ベビーカーには子供は乗っていませんでした。
赤ちゃんは奥様が胸に抱いていました。

見ると、ベビーカーには買い物した荷物がたくさん乗っていました。

『お客さん、混んでるからベビーカーはたたんで~』

見かねた運転手さんが声をかけました。

「お前に命令される覚えはね~よ~。ばか!しね!」

旦那はチンピラ風(古い?)の暴言を運転手に向けます。

見かねたほかの乗客が席を譲りました。

『ベビーカーはストッパーかけるか、いすについている紐で固定してくださいよ~。
混んでいるから急ブレーキがかかると凶器になるんですよ~』

やんわりとお願いするような口調で言う運転手に

「じゃあ、お前がやれ!このばか!死ねよ!!」

見かねた若いママがベビーカーにストッパーをしてくれたみたいでした。
しかし、赤ちゃんを抱いた中年母親は、お礼どころかしらんぷり。

「やだあ~!ベビーカーが動かなくなちゃってる~!なんなの~!?」

とクレームをつけるくらいのアホっぷり。
ただでさえ、遅れているのに、この騒ぎでさらに遅れて、ようやく駅を出発しました。

そして降りるときは、赤ちゃんを連れた中年奥さんはお金を払わないでさっさと降り、旦那は運転手の顔のすぐ近くに携帯をつきだしました。

「お客さん、料金!」

という運転手に

「クレームいれてやるよ。番号は何番だよ~むかつくから、死ね!って言ってやるよ。
おれら~生活保護なんだよ~保護されてる俺らからカネとんのかよ~!あ~~??」

とゴネてなかなか払って降りようとしません。

私は運転手のすぐに後ろの席に座っていました。

(-_-X)ブチ・・・・

私もさすがにキレました。

「バスが遅れてるからさっさと払って降りて。クレーム入れるなら、バス停に番号あるでしょ」

「あ~!??なんだってえ~~!?おまえ何言ってんの?」

と反論してくるも

「おまえらの生活費は私達の給料から出しているんだよ!恵んでもらっているのにおまえ、なに言ってんの?ばか?」
「あ~~?」
「カネ恵んでもらってお礼どころか、バス遅らす?このカス。とっとと降りろ!」
「保護してもらっているやつはカスなのかよ!」
「少なくとも、お前だけはカス。お前が死ねば?」

もう、すっかりぶち切れモード全開の私。
すると、その男の後ろに並んでいた男性サラリーマンは、

「生活保護の分際で、携帯電話でクレーム?その電話代も無駄だな?お前の金じゃないだろ」

とちくり・・・。

「昔は生活保護なんて、恥ずかしくて人には言えないものだったけどねえ~」

と優先席のおばあさんもちくり・・・。

「生活保護って、そもそもおまえのカネじゃね~だろ。すげ~買い物。まるで泥棒じゃん」

と大学生風の若い男性までもちくり・・・。

結局は、時間がかかったものの携帯電話をタッチして、おとなしく降りて行きました。
そして、降りてすぐに電話をかけていました(笑)
クレームの「バカ、死ね」の電話でしょうか?

多分、30代後半のご夫婦です。
若くはないです。

どんな事情があって生活保護になったかはわかりませんが、赤ちゃん連れでこの態度はいただけないです。

でも、喧嘩を売れるくらいは元気!ってことはわかりました。

生活保護って、うわさ通り結構裕福みたいですね。
ベビーカーはたためないどころか、車輪が回らなくなるほどの荷物が乗っていました。
それほどの買い物が出来るって、あの年齢で本当に生活保護が必要なんでしょうか?
ちなみに、ベビーカーに乗っていた荷物には伊勢丹の紙袋と有名な惣菜メーカーのビニール袋でした。
美味しいものを食べるなとは言わないけれど、こういう買い物ができるんだ~!と思いました。

最近のベビーカーは昔と違って大きいですね~。
バスに持ち込むのは、基本、朝夕のラッシュ時間帯はたたんでもらいたいものです。
あの大きさと重さでは、ストッパーをかけないとちょっとしたブレーキでも十分に凶器ですよ。
ベビーカーに赤ちゃんを乗せて、ママはスマホ!という光景を電車でみかける機会が多いですが、あれも危ないといえば、危ないですね~。

*******

こんな人がいるから、本当に困って生活保護を受けている人まで白い目で見られるのは気の毒ですね。

こういう「不正受給」としか思えない人を見てしまうと、どうしても見方がそうなってしまいますが、本当に困って受給されている方は「申し訳ない」とつつましく暮らしていますよ。

以前、どうしても困って生活保護を受けていた人を知っていますが、その方は「早く保護を受けなくて済むようになりたい」とつつましく生活し、やがて保護を辞退して今は細々と暮らしています。

そうやって、少しでも迷惑を掛けないようにと生きている人もいるので、そういう人には困った時にきちんと手が差し伸べられるようにして欲しいですね。

今の世の中って、悪いところばかりに注目がいくので、ちゃんとした人にまで悪いイメージがついてしまうのは困ります。

そういうところをちゃんと見極めて、行政も対処して欲しいものです。
こんなブランド物を持ってわんさか買い物なんて、生活保護のお金だけじゃ無理ですよ。

本当はお金があるのに何かしら騙してもらっているのでしょう。

こういう汚い言葉を使う人は、幸せにはなれません。
行く末にはみじめな生活が待っています。

可哀想という言葉しか、浮かばないですね。

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