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涙の理由(わけ)

この歳になると、仕事をしていて何かあっても普段は「泣く」なんてことはないのですが、今日、いったい何年ぶり?っていうくらい久しぶりに泣きました。

といっても、人前で泣くほどアホじゃないので、トイレで人知れず泣いていたわけですが・・・。

悔しいとか悲しいとか、仕事していると色々あって、そういう時は「ふん!」という感じで腹が立ったりしても「泣く」なんてことには繋がりません。

反省すべき点だってあることもありますし。

また、ひとつの事柄を「好き」な人もいれば「嫌い」な人もいて、また「良い」と思う人もいれば「悪い」と思う人もいるわけです。

私は、100%仕事であると言い切れるもの、そうとは言い切れなないものの両方において、自分で何か工夫をして人に喜んでもらいたいと思うことがあります。

もちろん、それを相容れないという人がいるのは事実で、世の常なのか「良い」と思う人は直接私に「とても良い」という言葉やメールをくれて、たまに会う人にも「あじゃみんさん、あれはいいね。楽しみにしているよ」と声を掛けてくれたりするのですが、「悪い」と感じる人は私ではなく上司に文句のメールを書きます。

なので、私自身は色々な人から印象の良いコメントをもらうのですが、上司は常に私に対してマイナスのイメージを持っている人のコメントばかり受け取ることになります。

数はそう多くないのですが、部下の悪口や文句を言われるわけですから、上司だって気分はよくありません。
私がいくら好意的な言葉を多くの人からいただいても、それをいちいち上司になんて言いませんから、そのことは上司は知らないわけです。

大勢の人が良いと言ってくれていても、少数でも「悪い」と思う人がいればその悪いと思っている人の意見が取り入れられますから、どんなに多くの人に褒められても、上司からは呼び出されて叱られたりすることが多いのです。

ただ、それ自体は仕方ないことなので、上司のお小言を聞いても「またかよ」と(心で)思って謝ることにしています。

100人いれば98人が良いといっても、必ず悪いと言う人はいるし、悪い意見は直接上司に行くので、いちいち気にしても仕方ないからです。

今朝も上司から呼び出しをくらいました。
私が昨日先週の会議に参加した海外の方たちに、フォトアルバムを作るので記念のショートメッセージをお願いするメールを出したのですが、忙しいのにそんなのは仕事じゃないだろうと上司に文句のメールを送ってきた人がいたのです。

書けないなら書けないで、断るか無視すればいいものをこんなことくらいで上司に言いつける人がいるんだとびっくりしました。
既にショートメッセージを送ってくれた人もいて、好意的に捉えてくださった方もいるわけですが、それは私にしか来ていないので、またも悪い印象を上司に与えてしまいました。

・・・とはいえ、別にそういう人もいるんだろうなというのは分かりますから、別にこんなことで怒られたといって泣いたわけじゃないですよ。
おばちゃん、そこまでヤワじゃないです(笑)

上司に叱られた後で、また全員に「不適切なメールを送ってすみませんでした。誤解を受ける内容で、不愉快な思いをした方がいらしたら申し訳ありません」と書き、メッセージは不要というメールを出したのです。

すると既にメッセージを送ってきてくれていた方(アメリカ人)から、すぐに返事が来て(しかしあっちは何時なんだろう?)「Ajamin きみのリクエストは私を不快になどしていないよ。その証拠に、すごくクリエイティブなアイデアだと思ったから、すぐに自分のメッセージを送ったんだから」というのを上司と海外にいる上司の上司にもコピーを入れてくれたのです。

今の世の中、事なかれ主義というか、例えば私だけに「何かあったの」と聞いてくれる人はいると思うのですが、「好意的に捉えている人だっている」ということを他の人にも伝えてくれることなどほとんどありません(ほとんどというか、ほぼゼロ)。
もちろん、その方はキャリアもあって、上司やその上司に対等の立場で物を言える方だったからというのはありますが、それでも普通はわざわざそんなことを言ってくれる人は無に等しい中でだったので、今まで散々嫌な思いをして我慢してきた私にとって、こういう人もいるんだと知ることが出来ただけでも、良かったなと思えたことでした。

お礼のメールを書いていたら、なんだか泣けてきて、「こりゃーだめだ」と席を立ちました。
人の心を温かくするものは、やはり心なんだなぁ~と。

私はターゲットになったことはないですが、中学生の頃からいじめだのなんだの、なんでそんなこと人に言ったりするの?ということがたくさんありました。
別にいじめられっ子のことを私だって好きだったわけでもないですが、それでも理不尽なことで攻め立てたりする必要なんてないわけです。
少しでもその子を庇うようなことを言うと、「あじゃみん、何言ってるの?」と腕組をされながら言われたものです。

その延長で私のことを馬鹿にして、仲が良かったのに突然離れていった子がいたのですが、卒業の時にささいなことで他の人から無視されることになって、卒業アルバムで集合写真を撮る人がいなくなったからと、しらっと電話で仲間に入れて欲しいと言ってきた子がいました。

人をさんざん馬鹿にしておいて、よく電話して来られるよなぁ~と呆れたものですが、こんな私に電話してくるのだから、戻るところがないんだろうと、写真を一緒に撮ろうと言っていた子達に話すと「えー、なんであんな子と一緒に写真撮らないといけないの?」とブリブリ文句を言われるはめになり、それでも可哀想だからと言うと「あじゃみんが言うなら、仕方ないからいいよ」ということになって、なんとか一緒に写真を撮ることができました。

長い年月が経ちますが、その時一緒だったクラスメートとは一切連絡も取っていませんし、二度と会いたいとも思いません。
卒業アルバムも捨ててしまいました。

学生時代のバイト先でも、お局とその手下みたいな先輩がいて、仕事でちゃんとやったことをやっていないと言われたり、それはもう酷いいじめに遭いました。
でも、相談した人から「たとえバイトといえども、こんな状態のままでは、どこか別のところに言ってもまた同じ思いをする」と言われ、この状況を克服したら辞めようと決心し、結局はお局に信頼されるようになって、「これでいいや」と辞めることにしました。

そうなったなら、辞めなくてもいいんじゃない?って思われると思いますが、自分の中のけじめですね。
一緒に仕事を続ける気なんて、もともとなかったんです。

そこでいじめられたのは、私だけじゃなかったのですが、私の後に入った子たちは、なるべくいじめに遭わないようにしようと自分で盾になろうと決め、とにかくお局と手下に悪く言われないようにしました。

その人たちからは、「あじゃみんさん、よくこんなところ続いているよね」とか「どうして辞めないの?」と言われましたが、結局負けて出て行くのが嫌だったというだけの意地っ張りだった気もします。

就職先では、ふたりいた微妙にランクの違う上司ふたりが犬猿の仲で、同僚からはこっちにつけだのなんだの言われてうんざりし、結局は辞めてしまいました。
せっかく同じ目的に向かって仕事をしているのに、裏であいつがこうだとかなんだとか、お互いの悪口ばかり言い合っていて、何がどっちかに付くだよと呆れて物が言えませんでした。

退職した後で本来なら色々と手続きもあるし、挨拶に行かなくてはならなかったのですが、どうしても行きたくなくて、結局手続きが出来ず、最後の給料も退職金ももらえないで辞めることになってしまいました。

まぁ、大人として本来してはいけない、とってはいけない態度だったので、これはペナルティーだと思って何も要求しませんでした。
しかし、言ってこないからと退職金ばっくれる企業も企業ですよね(笑)

それから派遣で働いていましたが、行く先々でそりゃーもうすごい経験をさせてもらいました。
私のことを好きな人(異性同性関係なく人としてです)、嫌いな人がいるのは当たり前ですが、社長秘書に大嘘をつかれてとんでもない女に仕立て上げられたこともありましたっけ。

その秘書は社長の愛人だったので、誰も文句を言えず、今まで辞めさせられた人や「あの女には我慢できない」と辞めた人も大勢いて、とうとうターゲットになった私には裏で同情の声は上がりましたが、「あじゃみん、ごめんね。あの女だけはどうにもならないわ」と謝られました(笑)。

つい何年か前も嘘で悪者にされ、「なんですかそれ?」ということもありました。

でも、信じているだのなんだの言われても、人に対してそう言ってくれる人なんていないわけです。

その時にある人に言われたのがまた秀逸というか、「あじゃみんさんて、いつでも誰にでも同じ態度だから、そういうのに反感を持つ人は多いのよ」というのです。

まぁ、確かにおべっか使ったりとか、そういうのはしないので、持ち上げられたい人には気に入らないのかも知れないですね。

知るかよ、そんなの!

ほんと、世の中って嫌な人ばっかり。
だからこそ、私はどうでも良いうわべだけの友人なんて面倒くさくていらないし、本当に「この人」と思える人と付き合っていきたいなと思っています。

メインの旅ブログをやっていて、知り合った方たちは、特にものすごく親しいというお付き合いではないですが、本当に良い方たちで、たまのオフ会や食事会でも楽しいひと時を過ごさせていただいています。

女性は色々と環境も変わるし、一生の友人というのは難しいと思っていますが、その時々で良いお付き合いができたらいいなと思っている今日この頃です。

災いは口よりいでて身を破る
幸いは心よりいでて我を飾る

たいして良い人でもない私ですが、少しでも人には良くしたいと思っています。

ところ変われば

どんな国でも人でも、良いところもあれば悪いところもあり、行動ひとつにしても、自分の国では良くても他国では悪いなんてこともあります。

また、習慣の違いから摩擦を生むこともしょっちゅうで、こればかりは相手を知りつつ、「ここではこうです」と教えるしかないのかもと思ったりしています。

もちろん、自分で学ぶ場合もしかり。

ある程度、仕事などで外国に出るような人は別ですが、中国人はどの国に行っても「中国人」というのは、場合によっては困りものです。

中国人は観光の場合は団体での旅行になるので、他の国でも同じホテルにたくさんの中国人が泊まっていることがほとんどです。

楽しいのは分かりますが、ホテルの部屋などに一同に集い、大声でわめくように話していることもよくあり、「おいおい、いくらなんでもうるさすぎるよ」というので、シンガポールの5つ星ホテルでしたが、あまりの騒々しさに我慢も限界でフロントに電話をしたことがありました。

部屋を訪ねる時もしつこいくらいにピンポン!ピンポン!ピンポン!とドアベルを鳴らし続け、やっと開けたと思ったら、大声で笑って挨拶。
それからはもう、拡声器でも使ってるのかと思うくらいにすごい状態でした。

私の知っている中国人は、仕事関係ばかりなので、皆さん礼儀や態度などいわゆる「観光客チック」なところはありません。
騒々しいこともなく、マナーを守っています。
女性の場合は、結構アグレッシブな人が多いですが、男性は優しくて物腰の柔らかい人が多いですね。

これは、中国国内でもある程度のキャリアのある人は同じような感じだと思います。

それに中国人は仲良くなるととても人情深いようで、他者と打ち解けるのが苦手な日本人よりも、付き合っていて「疎外感」を感じることはないようです。

さて、マナーが良い中国人も、偉くなるとまた別で、本人はそうでもなくても、周りが「うちの○○は偉いんだから」的にその人について特別扱いを要求します。

以前、講演に来るという人が成田空港からホテルまではどうやって行けばいいのかと聞いてきたので、その人の秘書に「○○ホテルでしたら、直通のバスがあるので便利」という内容のメールを送ったら、「普通は車で迎えに来るものだ。バスに乗れとはうちの○○を馬鹿にしているのか」という激しい調子のメールが届き、みんなびっくり。

どんなバスを想像したのか知らないけれど、空港からのリムジンバスを紹介したからといって、そんなに馬鹿にしてるとは思わないけどねぇ・・・と皆で笑ったものです。
正直言って、世間一般でも通用するというほど、そんなに地位が高いというほどでもないですし・・・。

「たぶん、バスっていうと想像するバスが違うんだよ」

ということで、別にバスは一例で紹介しただけだから、タクシーなどで来てもらって経費につけて構わないという返事を出して事なきを得ました。

相手がこちらを知らない場合、相手が自分の知っている事柄の範疇で知らないことを想像するというのは、良い勉強になったと思います。

うちの会社なんて、結構偉くてもみんな「便利だから」ってバスでホテルまで来ますし、副社長くらいですね、ハイヤー頼んだのなんて。

たまにそのくらい偉くても「予算がないから」とエコノミーで来る人もいて、さすがにビックリしたことがありますが(笑)

やっぱり中国人て面子を重んじるんだなぁ~。

ところで、先日ソウルに行ってきまして、同行の友人が頼まれたタバコを買うというので、「私は今回頼まれ物ないから、私の分も買っていいよ」と言って、タバコをもう1カートン買うことになりました。

その免税店は、分かりやすく床に列に並ぶ際のラインが太く描いてあって、彼女も人々に混じってそのライン上に並びました。

私は、ちょっと離れたところにいて、ずっとそちらを見ていた訳ではないのですが、なんか凄い数のタバコを持っているおじさんがいて、あんなに買っても免税にはならないんじゃないの?って思って見ていましたが、ちょっと目をそらした時、女性の大きな声が聞こえてきました。

最初は誰?って感じでしたけど、顔の表情からレジのおばちゃんだということが分かり、その怒った感じの表情を見て、「何かあったのか?」って、変に思っていたのです。

おじさんが行ってしまった後で、その列に並んでいた友人の前にはあと4~5人人がいたので、まだちょっと時間が掛かりそう・・・と見ていたら、20代後半から30代はじめくらいの男性がきちんと並んでいる列の前を通り過ぎ、レジの前に立つと、きちんと一列に並んでいる自分の前に立つ人など「透明人間」かのごとく、自分が持っているタバコをレジのおばさんに差し出しました。

「出た!列に並ばない中国人!」

皆が皆、レジに殺到して、これでもか!と行かなければ買えないというのであれば分かるのですが、誰がどう見ても、そのレジの前にはたくさんの人がきちんと並んでいるのは子供でも分かるくらいはっきりしていたのですが、彼はまったく意に介さず、レジで並んでいる人のタバコを受け取って会計しているおばちゃんに自分のタバコを差し出したのです。

仕事をしているおばさんの目の前まで腕を伸ばしてタバコを突き出す男性。
驚いたおばさんは、身振りも交えて「並んでください」と言ったようです。

すると、男性は無表情でその場を離れました。
列に並ぶのかと思いきや、なぜかまた店の奥まで歩いて行ってしまいました。

友人が戻ってきて、「いや~、レジのお姉さん(お姉さんだったんだ)、マジ切れしてて怖かったぁ~」というので、なぜか聞いてみたら、どうも私が見逃したところは人のことを意に介さず、自分のことで精一杯な中国人たちの傍若無人さに切れていたようでした。

グローバルで活動し、経験も豊富な人は例え同胞だとしても、中国人及び中国系住民の民度の低さに呆れている人も多いらしく、こんなことがあって帰国してから、ニュースで「カナダのバンクーバーで行われたある式典に招待されていた中国系住民のあまりの民度の低さに在カナダ中国人外交官がブチ切れ」という記事がありました。

その式典で貴賓のスピーチが行われていた時、中国系の出席者は大声で話し、ときおり轟き(とどろき)わたる笑い声。会場は、スピーチをきちんと聞ける状態ではなくなったとのこと。

司会が「貴賓に対する最低限の礼儀は守って欲しい」と注意するも、まったく改善されず、堪忍袋の緒が切れた駐バンクーバー中国総領事館の李文慈副総領事が突然ステージに上がると、「同胞」に対して呼びかけ、民度の低さは長年の蓄積の結果と指摘して、それから数々の悪癖について指摘したとか。

相当、怒っていたんでしょうね。

よく「日本もこうだった」とかって話をされて、確かにその通りなのですが、一応大多数の日本人は「これではいけない」と、経済発展と共に各自マナーも身に着けた人も多いので、中国もこれから世界に出るのであれば、最低限、公共の場でのマナーなどの教育はした方が良いですよね。

まぁ、日本のおっさん&おばさんの海外における「客だぞ偉いんだ」的、サービス勘違い団体を見ると恥ずかしくはなりますが(笑)
日本のサービスを知ってしまうと、海外ってやっぱり適当なところが多いので、それはそれで「日本は特別」っていうのを知る必要はありますね。

同胞の“民度の低さ”に「もう我慢ならぬ」=中国人外交官
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1214&f=national_1214_067.shtml

今年もできることを少しずつ。

放射性物質については、不安がまだまだぬぐえない状態です。

だからといって、目に見えない物に漠然とした恐怖感を覚えて、意味もなく怖がって過ごしたり、実際に被災地で困難と向き合って暮らしている方をさらに苦しくさせてしまう風評被害の元になってしまっては、「明日は我が身」ということを考えると、やはりきちんと怖がる・・・つまり、ある程度正確な情報を取捨選択できるような知識を持って自分で考え、行動することが大切だと思っています。

スーパーのお客様ご意見ボードなんかに「東北の野菜なんて売るな」という投書がたまに紹介されています。

放射性物質が高い値で検出されているような物は、行政も農家も一丸となって水際で出荷は阻止し、安全な物だけを出荷しているというのを「分かっているけど嫌だ」というのです。

まぁ、国の対応のお粗末さを見ていたら、疑う気持ちがあるのも分かりますから、この人たちを責めることはできませんが、私が情けないのは科学的になんら根拠のない「不安だ」というだけの意見でも「不安がある方のために」という名目で扱わなくなることです。

被災者の首を絞めるがごとき方針を打ち出した大手「イオングループ」などは、その最たるものでしょう。

(参考「イオンさん、グリーンピースに褒められて嬉しいですか?」)

できもしないことをお客様のためになんてう嘯くのは、最低最悪の企業です。

瓦礫についても、漠然とした不安のために半狂乱になって脅迫まがいの電話などで受け入れを止めさせている人がいます。

そういう人のことは気持ちは分かりますから、こちらもその人自体を「参ったなぁ」とは思いますが、責める気持ちにはなれません。

そんな声があったからと腰砕けで「受け入れをやむなく断念・・・」なんて言って止めてしまう行政にがっかりする気持ちと怒りがこみ上げてきます。

石原都知事(個人的には好きとはいえませんが)などは、「問題ないものを持ってくるだけなんだから、そんなこというやつは放っておけ」と言ったようなことをおっしゃったとかで、行政の長たるもの、ある意味これだけ芯がないと駄目だよなぁ~とこれには納得しました。

なかなか具体的な支援活動もできていないのですが、こうやって細々とでも情報発信でお手伝いしたいと思っています。

今回は、以前ご紹介したFOOCOM.NET内の専門家コラム長村 洋一氏の「多幸之介先生の健康と食の講座」に「ゼロでない不安」への挑戦が掲載されましたので、ご紹介します。

長村氏に毎年福島のお酒を送ってくれていた知り合いの社長さんが、今年は九州のお酒を送ってきたので「もしや」と連絡をしたら、「まったく検出されてないから、どうか買ってくれと頼まれたが、今年は九州で探して送った」との返事。。。

これについて、

●「今年は先生のために九州のお酒にした」との連絡に、ショック
●社長にとんでもない決心をさせていた「イオンの広告」
●イオンの広告はまさに被災者いじめ
●放射能問題より以前から根源にある消費者の「ゼロでない不安」
●「ゼロでないことの不安」の根幹に流れているもの
●放射能は怖い、だけど放射能ゼロの世界は無い
●今は持たねばならない「ゼロでなくても大丈夫」の感覚

などなど、ひとつひとつ分かりやすい言葉で書かれていますので、ぜひご一読ください。

「ゼロでない不安」への挑戦
http://www.foocom.net/column/takou/5440/

ぜひ、皆さんのブログなどでも、ご紹介いただけたら幸いです。

明けましておめでとうございます。

2012年の幕開け。

今年も良い年にしたいですね。
いえ、強く思い描けば、必ず道は開けるはず!

今年も精一杯、頑張っていきましょう♪

ヽ(´▽`)/ (◎´∀`)ノ ヽ(´▽`)/ (◎´∀`)ノ

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