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褒められるとこそばゆい。

日本人は、反省ばかりしていて決断力がなく、あいまいで裏で何を考えているか分からない。

個を大切にせず、溶け込みにくいとか海外の人々から言われていました。

それが、今回の地震の際、パニックにならず列にきちんと並んだり、略奪などがないということについて、世界が驚きをもって報道しました。

集団の中での秩序ある行動が、個ばかり尊重される欧米諸国では信じられない光景だったようです。

確かにアメリカのハリケーンなどの際、お店のドアや窓を割って入り、それ今生きるのに関係あるのか?というようなものまで我先にと盗んでいく映像が流されたのを見ると、日本じゃこれはないかもなぁ~と思いながら見ていました。

ただ、集団心理というのは恐ろしいもので、日本人も「みながやるから」となったら、これは分からないなと思いました。

不要な買い占めなども起こりましたし。

違うなと思うのは、こういうことが起こった時、「自分達がちゃんとしなくては」と組織立ってリーダーとなるような人が人々をまとめて、周りの人たちもなるべく協力しようという人が多いため、秩序立った行動が取られることになるのでしょう。

私たちの子供の頃は、人に迷惑を掛けてはいけないと、口煩く言われましたし、今でもそういうところは自分の中に生きています。

これも一長一短で、それが高じて人間関係が希薄になり、隣に誰が住んでいるかも分からないという状況が都会では普通になりました。

今回の震災を受けて、これではいけないと思った人たちが多くなったようです。

また、反省好きな日本人は、褒められることに対して「火事場泥棒みたいなのがいて、人が褒めるほど日本人は良い人ばかりじゃない」と色々なところで言うようになりました。

それは本当のことですが、略奪というのは、暴力を伴った奪い合いのようなことを言うので、それがないというだけでも、海外の人々にとっては珍しいことだったに違いありません。

悪い人がいない国など有り得ないので、彼らだってまったく犯罪がなかったとは思っていないでしょう。

それでも、こんな混乱した中で秩序が保たれているということは、驚きの対象だったでしょうし、私たちも誇りに思っても良いことではないでしょうか。

驕りの気持ちは悪ですが、誇る気持ちは持っていたいです。

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