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生き残る遺伝子、でも・・・・。

今、さまざまな場所で福島の被災者の方に対しての心無い差別行動が起きています。

これだけTVや新聞などに「放射能は感染などしない」とか、放射性物質というのはどういうものなのかなどが報道されているにも関わらず、宿泊拒否や子供に対するいじめなど、耳を疑いたくなるような嫌なことがたくさんあります。

会社の人と話していた時、風評被害がなぜ起きるのかという話から、このような災害の時、「人は大きく分けて2種類に分類される」という話になりました。

私のように(と、その人が言ったのです)、「(情報によって判断するから)なーんにも気にしない」というスタンスでずっと冷静な人、一方は「何が何だか分からないけど、怖い怖い」と事実がどうかは別にして、とにかく怖がってあれもこれもと対策を立てたり、逃げたりする人・・・この2種類だというのです。

「生き残る確率が高いのは、怖がっている方の人」

というのが結論なのですが、結局、こういう種類の人たちは何だか分からなくても、他人のことなど関係ない、自分が怖いのであれば逃げるし買いだめもするし、子供を疎開までさせるわけです。

あるお水を売るお店に女性から掛かってきた電話の話を聞いて、なにそれ?と思ったのですが、こういう人こそ生き残るんだなと何となく納得できてしまいます。

「被災者のことなんかどうでもいいのよ!水売りなさいよ!うちの子供が死んだらどうしてくれるの!!」

その女性は電話口でこんな風に怒鳴りまくったそうです。

人間という観点から見ると、心が醜いという言葉は、こんな人にこそあるのだなと言えると思いますが、彼女は彼女で他人なんかどうでもいいから、自分の子供を守らないといけないと必死だったんだと思います。

また、買い占めを見ても「何やってるんだろうなぁ」と思って傍観していた私(そして憤っていた私)などとは違い、当の買い占めをしている人たちだって、『もし、またこんな状態で地震が来たら食べ物がなくなってしまうのかも』とか、物がない棚を見て『少しでも買っておかないと明日は買えないかも』と心配になって、そんなに買ってどうするの?というほどの商品を買い占めてしまったその行為も、いわば生存本能なのでしょう。

今は、このことを良い・悪いで判断することは避けたいと思います。

自分はしないとはいえますし、しない方が良いというのもいえますが、今、この時期になって思うことは、みんながそれぞれ必死だったんだと思います。

きっと今頃、山のように買い込んだカップラーメンとか萎みそうな人参を前に「なんだったんだろうなぁ」と思っている人も多いだろうと思いますが、その時に少しでも他人に対してすまないという気持ちになってくれるのを祈る思いです。

最後に私がいいたいことは、私自身はどんな状況にあっても、冷静でいたいなと思います。

実際に物がなくなったらそんなことは言えないはず・・・という意見もあると思いますが、私はいつも「最後にこれだけはという一線を犯すようなことをして生きても、生きている間中惨めな思いをしなくてはならないなら、死んだほうがまし」と思っています。

これは、震災があったからではなく、普通の生活の中でもです。

人間て、「ココ」という一線がそれぞれあると思うんです。
私にとっては、上に書いたようなことがそれです。

積極的に死にたいなどとは露ほども思いませんが、それだけは御免という部分を曲げてまで生きたいとは、心の底から思いません。

私の生き方が良いとか悪いとか、そんなことではなく、ただ、色々と方向転換をしたり、諦めたり、人生を無為に過ごしたなぁ~と思うことはありますが、最後の一線だけは守り続けてきたということを言いたいのです。

生き残る遺伝子は、無知の人の方にこそあるのかも知れませんが、私はやっぱり冷静な判断をして、その判断の結果がどう出ようと、それはそれでいいと、きっぱりとした態度でいたいと思います。

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美輪明宏さんの原爆体験の動画をご紹介します。
戦争とはいえ、あんな残虐な兵器を使って何の罪もない多くの人間を殺したアメリカの非道は忘れられませんが、もう今人を憎んだところで尊い命は返ってきません。

そして今、そのアメリカは同盟国であり、今回の震災では大きな役割を果たしてくれました。

誰が良いとか悪いとかではなく、二度と再び日本人が戦争になど行かなくて済むような、さらに平和で穏やかな国にしていかなくてはならないと思います。

福島原発周辺の避難民の方は、被曝(原爆でいえば被爆)されているわけでもないですし、この戦争の話とはまったく次元が違うのですが、あえてこれを載せるのは、広島や長崎の方たちが、当時原爆を受けただけでも地獄のような思いをしてこられたのに、無知な人々から、いわれのない差別を受けることになったという事実があり、次元はまったく違うものの、苦しんでいる人たちを無知からとはいえ差別することがどういうことかを分かって欲しかったからです。

この動画には、そんな差別の話は出てこないのですが、被爆された方たちへの美輪さんの「末期の水」の話は、聞いていて涙がこぼれます。

私もそうありたいと思いました。

原爆の際には、世界初の人体実験だったわけですから、無知からくる差別が起こってしまったのはやむを得ないかも知れません。

でも、今この情報化社会の中で、怖いとか危ないとかいう情報に踊らされて、自分の生存本能のままに行動している人たちに立ち止まって見て欲しいと思って載せることにしました。

福島の方たちは原子爆弾を落とされたわけでもないし、危ないのは周辺の土地だけという状態なのですから、むしろ積極的に受け入れて温かく接しなければならないのに真逆のことが行われている現実がおかしいと気づいて欲しいです。

このふたつに関連があるわけでもないですが、苦しんでいる人にどう接するかという点では、分かっていただける内容なのかなと思います。

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