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悪魔を見た ~人が悪魔に変わるとき~

水曜日に渋谷東急で上映中の韓国映画「悪魔を見た(악마를 보았다)」(R18+)を鑑賞してきました。

その話に入る前に、いわゆる「R18+(18禁)」とは何でしょうか?

映倫の基準では、こうなっています。

R18+
18歳未満の入場(鑑賞)を禁止。いわゆる18禁、成人映画。
1998年5月以前の成人映画を改定。R15+に加え、著しく性的感情を刺激する行動描写、著しく反社会的な行動や行為、麻薬・覚醒剤の使用を賛美するような表現の項目が強調されている。

つまり、人の「悪に通じる欲望」を強調したり賛美するような内容の作品については、18歳未満の子供に見せてはいけない映画ということです。

この映画は、文字通り悪魔の映画です。

よくある欧米のエクソシストのような話ではなく、「人=悪魔」。
善悪の判断などもともと関係なく、「悪」のみに生きて、そこに快楽を得る人間の映画です。

人間・・・と書いていいのかも迷ってしまいます。

登場してから、何度も人を殺したり痛めつけるシーンがあるのですが、そこに「迷い」は一切ありません。

命乞いをしようが、何をしようが「殺す」ということにためらいはないのです。

(ここからは、ネタばれを多少含み、過激な部分もあるので、久しぶりにページを分けます。自己責任で読んでください)

ストーリーは至ってシンプル。

最愛の恋人を殺された男が犯人に復讐する。

それだけの話です。

チェ・ミンシク(최민식)演じる「ギョンチョル」は、女性を殺すためだけにさらったり、犯すために捕まえたりと、とにかく自分の「負」の欲望を満たすために残虐の限りを尽くします。

表情ひとつ変えずに包丁を振り下ろして女性を殺し、ギロチンで首を撥ね、そしてバラバラにして捨ててしまいます。

女性の服や持ち物は、コレクションとして引き出しにしまい、鍵をかけて保管しているのです。

善悪は裏表といいますが、この男に表などありません。
裏・・・普通なら隠しておくはずの人間の「負」の部分のみで生きている男です。

その悪魔に最愛の恋人を殺されてしまうのがイ・ビョンホン(이병헌)演じるスヒョンです。
彼女が殺されたであろう時間の少し前に電話で話していたスヒョンは、自分がなぜ救ってあげられなかったのか、悔やんでも悔やみきれません。

葬式の後、ジュヨンの墓の前で号泣し、「絶対に復讐してやる」と誓うスヒョン。

恋人の受けた苦しみを何倍にもして返してやる。
そう、決めました。

国家情報院捜査官という立場を利用し、警察の重犯罪課にいた義父からの情報を元に、容疑者の絞込みを行います。

これだけ残酷なことをする犯人ですから、当然警察も「こいつではないか」という前科者などのリストを持っています。

それを手に入れたスヒョンは、法に則って見張りなどをしている警察を横目に見ながら、暴力で容疑者に対峙します。

相手はどうせ犯罪者ということで、容赦などしません。

ある男には瀕死の重傷を負わせるのですが、「殺されるよりは」とその男は警察に自主して、自分がやった殺しの自白をするのです。

そうやって容疑者を絞り込んでいくのですが、ギョンチョルの住んでいる家を探し当て、中を見たスヒョンは、処刑場ともいえるその場所で、婚約者の指輪を見つけました。

ここから、復讐が始まります。

ギョンチョルを見つけて、叩きのめすのですが、すぐに殺してしまっては恋人の苦しみを倍返しするという目的が達成できません。

職場の後輩に頼み、GPS機能付きのカプセルを手に入れると、意識の朦朧としたギョンチョルに飲ませて、また開放します。

そして、次の犯行に及ぼうとするギョンチョルの前に姿を現し、そこでまた痛めつけ、そして開放する・・・。

「だんだんと残酷になる」

スヒョンがナイフを使ってギョンチョルのアキレス腱を切り、耳元でささやきます。

最初は、こんな悪魔殺してしまえと思うくらい酷いことをしているので、復讐することに納得できるのですが、ここまでくると「何か違う気がする」という違和感が生まれます。

この悪魔そのもののギョンチョルですが、そういう「快楽」を求める感情は、もともと人間には備わっていて、その感情を制御できるかできないかだけの話なんだと考えさせられました。

私も、もともと「そりゃ違うよなぁ」という感情を持って見てはいるのですが、あまりにも酷いやつなので、痛めつけて当然みたいな感じで見ているわけです。

それって、私自身も悪魔になっているってことですよね。

ただ、ちょっと違うのは、私はこの映画は「作り物」ということを知っていて、頭を切り落とそうが、ナイフでアキレス腱を切ろうが、アイスピックで手を刺そうが「嘘」だとわかっているから見ていられるわけです。

これが「全部本当です」なんてことになったら、とてもじゃないけど見る気はしません。

でも、こういう映画を見て、ある種の感情を持って「満足」している自分もいるわけです。

怖いとわかっているのにホラーやサスペンス映画を観るというのは、それを求める気持ちがあるからです。

人間は「善」でもあるが「悪」でもある、誰しもが何かのきっかけで悪魔になってしまうんだというのを説得力を以って知らしめてくれた映画でした。

そして、「悪事」を犯した者には、やはり報いがあるというところも法則として描かれていました。

自分は「愛する人のために」と思って始めた復讐ですが、自分が悪魔と同じになったためにスヒョンもその報いを受けることになってしまいます。

どんな理由があろうとも、本来してはいけない事をして、そのまんまということはないんですね。

冒頭で紹介されるニーチェの言葉がここで胸に迫ります。

怪物と闘う者は自らが怪物と化さぬよう心せよ。
お前が深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるからだ。

しかし、このチェ・ミンシクという俳優さんは、すごい存在感でした。
イ・ビョンホンも良かったのですが、正直言って、彼がその役じゃなくても有り得た映画ですが、ギョンチョルはチェ・ミンシク以外に考えられないでしょう。

まさに怪演。

満身創痍で血まみれになりながらも、にやりと笑って人を殺す・・・こんな演技、なかなかできないと思います。

実をいうと、殺人だのバラバラ死体だのと読んでいたので、もっとすごいのかな・・・と思っていたのですが、直接的な描写はそう多くありません。

たぶん「最初の編集では、韓国で上映禁止といわれ、再編集した」と聞きましたから、残酷過ぎて出せなかったのでしょう。

でも、それで良かったと思います。

ちょっと思い出すと、なんとも嫌ぁ~な気分が甦ってきて、何度も気分の悪くなる映画なので、あれ以上だったら、トラウマになってしまう人が出るかもしれません。

ただ、最後にひとつ書くと、この手の作品としては「チェイサー」の方が映画としての完成度はずっと高い気がします。

観終わった後のあのやりきれなさは、この映画にはありませんでした。

確かに「子供にはとても見せられない」映画ではありましたけれど。

悪魔を見た(2010)
上映時間:144分

監督キム・ジウン
出演:
イ・ビョンホン(スヒョン)
チェ・ミンシク(ギョンチョル)
オ・サナ(ジュヨン)
チョン・グクァン(チャン)

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