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十三人の刺客 ~今どきのエンタメ時代劇~

いや~面白かった!!

時代劇を劇場まで観に行くという感覚がなかったのですが、この映画は大スクリーンでこそ観る映画ですね。

1963年公開のリメイクということですが、やはり三池監督が撮っただけあって、アレンジは今風で見やすかったです。

ただ、昨今の人に媚びたような映画と違って、作り手側の意気込みみたいなものがちゃんと示されていたし、主要な役者さんたちがしっかりと存在感を示していたため、全体としてはどっしりとした作品に仕上がっていました。

殺陣シーンは、きっとグロいにちがいないと思いましたが、期待にたがわぬsign02出来栄えで、ご飯を食べたすぐ後で見ない方がいいです(笑)

もちろんフィクションだし、アクション映画であり、エンターテインメント作品なので、細かい時代背景だの暗殺に加わる武士の心情(どうしてそこまでの思いを持ったのか)などなど、普通なら深く掘り下げてしかるべきところも、ばっさりと切り落とされていました。

そこが却って観やすくなった要因だと思いますが、そういうディテールにこだわりたい方には向かない映画だと思います。

後は、マイナスといえば「どう考えても無駄でしょ」ってシーンが数箇所存在することでした。

あるシーンなどは、ストーリーに何の影響もせず、そこがあったからといって、その後のシーンがより深まるというほどでもないし、失笑という雰囲気だったので、さすがに100点とはいきませんでした。

お笑い担当の彼の演技は、ちょっとねーという感じだったし。
もうちょっと上手い役者さんだったら印象も違ったかしらと思います。

2時間以上の作品なので、あまりお遊びは入れなくても十分見応えはあったと思います。

ストーリーは至ってシンプル。

将軍の腹違いの兄弟であり、暴虐の限りを尽くしている明石藩主・松平左兵衛督斉韶。
あまりの暴君ぶりに嫌気がさした家来が自分の命を賭して主君を諫言しようと幕府宛の手紙を残して切腹しました。

しかし、腹違いといっても自分の兄弟のことなので、普段の詳細を知らされていない将軍は「穏便に頼むよ」と特に何のお裁きもせず放置。

しかも、そんな酷いやつを翌年には老中に取り立てると言い出したから、斉韶に酷い目にあわされている人々は「これはいかん!国が滅びてしまう」と頭を抱えてしまうのです。

だけど、将軍が言ったことは絶対です。
武士の社会では将軍の上に人はいないわけですから、そんな人に逆らうことなど有り得ません。

でも、そうはいってもあんなのが老中になって政治の中枢を担うことになったらと思うとお先真っ暗、絶望に打ちひしがれます。

老中・土井大炊頭利位は、こうなったらどっかで殺してしまうしかないと暗殺を企てることにし、その役目を旗本・島田新左衛門に託します。新左衛門は、武士としての死に場所を探していたと、この一計に乗りました。

そして、賛同して集まった武士たちと、大ボケ明石君主を殺すべく、馬に乗って落合宿へ向かうことになりました。

侍ですから、どこかの国の殿様を暗殺したら自分も生きてはいられません。
最初から、「死ぬ」ことが前提の旅路です。

だから、13人しかいないのに300名はいるかもという相手に立ち向かっていけるわけです。

江戸幕府だのといっても、この時の設定は明治維新のたった23年前。
太平の世が長く続きすぎて平和ボケしている武士たちは、人なんか殺したことがない人がほとんどで、刀は飾りに過ぎない人ばっかりなわけです。

そんな中で「武士とは」「忠義とは」という命題が突きつけられ、「武士と生まれたからには」と大ボケ暴君を「命を賭けて守る」という明石側の武士たちも、自分たちは何も悪くないのに、この暗殺者たちと戦うはめになるわけです。

稲垣吾郎の明石藩主、いや、もうすごい。
常々、この人なんでこんなに演技が下手なんだろうと思っていたのですが、見直しました。

もう、これ以上ないってくらい嫌~な殿様になりきってくれて、吾郎ちゃん、あっぱれ!と叫んでシール貼りたいくらいでした。

また、その馬鹿殿を守る家来、鬼頭半兵衛を演じた市村正親さんの演技、やっぱりいいです。

武士の忠義とはと、何がなんでも主君を守ることに徹するその迫力。
目ヂカラMAXって感じです(笑)

そうかと思うと、最後の方のシーンで殿様が「自分が老中になったら」“あること”をすると半兵衛に告げるのですが、その救いようのないひとことに一瞬「えっ?」となった顔が忘れられません。

もう、上手い!のひとことです。

そして、やっぱり松方弘樹さんのような時代劇役者は、ちょっとダレた感じのところをしっかりと締めてくれていました。

釣りばっかりやってるわけじゃないのねと安心しました(笑)

そして、なによりも役所広司さんのこれ以上ないくらいの格好いい、そして安心して観ていられる素晴らしい演技に脱帽でした。

人が多くて書ききれませんが、山田孝之という役者さんは、これからが本当に楽しみな素晴らしい役者だと思います。

伊原剛志さんの鬼気迫る顔もよかったし、古田新太さんもいい味出していました。

その他、刺客の人数が多くて薄まってしまった人もいて、この人誰だっけ?と途中で分からなくなることもあったりして、先ほども書きましたがディテールもへったくれもないので、けなせるところもある映画でしたけど、細かいことは別にして、たまにはこういうハードな映画もいいんじゃないかなと大満足して帰途に着きました。

ぜひ、観てください。

十三人の刺客(2010)

映時間:2時間21分
監督三池崇史
脚本天願大介

役所広司(島田新左衛門(御目付七百五十石))
山田孝之(島田新六郎(新左衛門の甥))
伊勢谷友介(木賀小弥太(山の民))
沢村一樹(三橋軍次郎(御小人目付組頭))
古田新太(佐原平蔵(浪人))
高岡蒼甫(日置八十吉(御徒目付))
六角精児(大竹茂助(御徒目付))
波岡一喜(石塚利平(足軽))
石垣佑磨(樋口源内(御小人目付))
近藤公園(堀井弥八(御小人目付))
窪田正孝(小倉庄次郎(平山の門弟))
伊原剛志(平山九十郎(浪人))
松方弘樹(倉永左平太(御徒目付組頭))

内野聖陽(間宮図書(明石藩江戸家老))
光石研(浅川十太夫(明石藩近習頭))
岸部一徳(三州屋徳兵衛(落合宿庄屋))
平幹二朗(土井大炊頭利位(江戸幕府・老中))
松本幸四郎[9代目](牧野靭負(尾張家木曽上松陣屋詰))
稲垣吾郎(松平左兵衛督斉韶(明石藩主))
市村正親(鬼頭半兵衛(明石藩御用人千石))

ナイト&デイ ~ホントはあんた何者なのよ!!~

バニラスカイという恐ろしげな映画から10年あまり、満を持して?トム・クルーズとキャメロン・ディアスが競演した映画「ナイト&デイ」を観ました。

いやぁ~、スターが競演する映画はこうでなくちゃ!というくらいのすっごいサービスっぷりで、久しぶりにスカッとしました。

文句なく面白いです。

普通という言葉がぴったりな女性ジューン(キャメロン・ディアス)は、空港でちょっと気になるイケメン、ロイ(トム・クルーズ)とぶつかったことで、「よし!彼にアタック!」とばかりにその気になります。

でも、このロイ、実は訳あって人に追われている身なのです。
ジューンが機内のトイレで「頑張れ!チャンスを逃すな」と自分に発破を掛けている時、機内ではとんでもない事が起きていました。

そこからは、笑いあり、本格アクションありで、次どうなるのーーーという期待感を沸き立たせてくれる出来上がりでした。

編集がすごく上手い。

アクションも中途半端なところはまったくなく、ドキドキ・ハラハラという王道をいってくれています。

まぁ、ハリウッド映画ですから「このシーンまでに普通だったら5回は死んでるだろうな」って感じなんですけども(笑)

追われて逃げるという設定なので、世界各国の景色が楽しめます。

こんな美しいところ、死ぬまでに1回は見てみたいわと思うような素敵な場所ばかりで、飛行機嫌いじゃなかったら、すっとんで行きたくなりました。

どこでもドアがあったなら(人類共通の願望)。

プライベートではKY俳優としての話題が多かったトム・クルーズですが、やっぱり良い作品を選んでますね。

役者としては、素晴らしいと思います。

そして、こういう映画になくてはならないキャメロンのキュートさも魅力の映画でした。

まだまだ上映中!
ぜひ、観てください。

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ナイト&デイ

原題:KNIGHT AND DAY(2010)
上映時間:109分
監督 ジェームズ・マンゴールド
脚本 パトリック・オニール
トム・クルーズ (ロイ・ミラー)
キャメロン・ディアス(ジューン・ヘイヴンス)
ピーター・サースガード(フィッツジェラルド)

あらすじ: ジューン(キャメロン・ディアス)はある日、空港でちょっと気になる不思議な雰囲気を持ったロイ(トム・クルーズ)と出会う。縁を感じてアタック開始!とばかりにロイに近寄るジューンだったが、彼は夢に見た理想の男性どころか、誰かに追われる身でジューンもなぜか巻き込まれてしまう。自分は騙されて悪者にされたというロイ。
しかし、予想外の裏切りや暗殺者による執拗(しつよう)な攻撃が日増しに強くなる中、ジューンはロイに対して疑念を抱き始める。

インビクタス/負けざる者たち

映画館で見たかったのに、行きそびれた本作。
やっぱり、素晴らしかったです。

アパルト・ヘイトという悪夢が終わった直後、反対運動のためテロリスト扱いで27年間も投獄されていたネルソン・マンデラは、南アフリカ共和国初の黒人大統領になります。

マンデラが釈放された後で、今まで差別に遭ってきた黒人たちは、まるで復讐のように暴徒化し、暴力沙汰を繰り広げるのですが、マンデラは「武器を海に捨てなさい」と10万人の聴衆に向かって演説しました。

彼の偉大さを知らない人はいないと思いますが、この映画はより深くその事実を教えてくれます。

「何があろうと絶対に二度と再び、この美しい国において、人が人を抑圧することが繰り返されてはならず、世界の恥さらしとしての屈辱に苦しんではなりません」

Never, never and never again shall it be that this beautiful land will again experience the oppression of one by another and suffer the indignity of being the skunk of the world.        

大統領就任演説で、マンデラはこのようにいいました。

彼が目指したのは、武力や脅迫による恐怖政治ではなく、人々との対話とスポーツを通じての交流でした。

全体のストーリーとしては、当時、弱小だった南アのラグビーチーム「スプリング・ボクス(通称:ボカ)」に国の未来を示すチームになって欲しいと願ったマンデラと、ボカのキャプテンであるフランソワ・ピナールの交流から、どうせ負けるさと思われていたボカがワールドカップで活躍するまでを描いています。

マンデラを演じたモーガン・フリーマンですが、まったく違和感なく大統領を演じています。
マット・デイモンにしても、寡黙で力強い人物を好演していました。

130分以上という長い映画ですが、あっという間にクライマックスを迎えます。
ラストの試合風景は、クリント・イーストウッド監督の力量をどうだというばかりに見せてくれました。

また、マンデラ大統領が狭い独房暮らしの獄中生活で折れそうになる自分の心を鼓舞するために、繰り返し読んで心のよりどころとした詩が紹介されるのですが、決して諦めないということが人生を切り開く鍵となることを教えてくれました。

大きな画面で観たかったです。

Invictus

インビクタス・負けざる者たち

原題: INVICTUS(2009)
上映時間:134分
監督:クリント・イーストウッド
ネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)
フランソワ・ピナール(マット・デイモン)

あらすじ: 1994年、マンデラ(モーガン・フリーマン)は南アフリカ共和国初の黒人大統領となる。いまだにアパルトヘイトによる人種差別や経済格差の残る国をまとめるため、負けてばかりのラグビーのナショナルチームの再建を図る。1995年に自国で開催するラグビー・ワールド・カップに向け、マンデラとチームキャプテンのピナール(マット・デイモン)は、優勝に向けて堅い握手を交わした。

そしてわたしも途方に暮れる

なんでだか分かりませんが、先週くらいから昔(超)懐かしい大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」が頭の中を駆け巡っていました。

別にファンでもなーんでもなかったし、かなりヒットしたということくらいしか覚えていません。

本人もどういう人だか思い出せないし、何かきっかけがあったのだと思いますが、どうしてなのかまったく分かりません。

でも、気持ち悪いくらい「全部聞きたい!」という思いがわきあがってきて、思わすMoraでダウンロードしてしまいました。

210円。

しかし、いったいなんでなんだろう???

今、これを書きながら聴いています。

~見慣れない服を着た きみが今、出ていった

良い歌ではありますが、どうしてこんな気持ちになったのかは不明のままです。

私も途方に暮れています。

パンズラビリンス ~光の向こうに少女が見た場所とは~

この映画が公開されたのは、2006年。
すでに4年の月日が経ってしまいました。

映画館でも見ましたが、大人の自分でも辛い現実の中で夢を見て生きる少女オフィリアに共感するところがたくさんありました。

Pansラストも果たして夢なのか、それとも本当なのか・・・・それは魔法が本当だと思えない大人には少女が作り出した夢だとしか言えないのではないでしょうか。

舞台は、1944年のスペインです。

内戦が終わり、独裁政権が始まった頃で、まだ反乱軍が政権打倒の計画を立てて山にこもっていました。

内戦も独裁政治も史実ですが、ターニングポイントだと信じる1944年を部隊にしているので、反乱軍のことなど年代を少しずらして描かれているところもあるそうです。

誰もが辛い時代。

夢見る少女オフィリアも、内戦で父親を亡くし、支えがなくなった母親が独裁政権で反乱軍と戦う部隊の指揮を執る冷徹な大尉ビダルと再婚してしまいます。

「あんな男のところには行きたくない」

そう思っても、自分だけで生きていくなど出来ないオフィリアは、仕方なく母親に着いてきました。

反乱軍討伐のために森に入った大尉を追ってやってくるのですが、オフィリアはどうしても親しみを持てるような人間ではない大尉を心では嫌っています。

大尉も生まれてくる自分の息子(と信じて疑わない)のことだけが気になり、他人の子であるオフィリアにはまったく興味がありません。

そんな状況の中で、「もうそんな歳じゃないでしょ」と母親に言われても、ファンタジーの本を抱えて離さないオフィリア。

そして、魔法を信じる心を持つオフィリアは、ナナフシだと思っていたのが妖精だったと知り、その妖精に導かれて新しい家の近くに迷宮を見つけます。

そして、そこにいた牧羊神(パン)に「あなたは本当は魔法の国の王女様で、3つの試練に打ち勝つことができれば、王国に帰ることができる」と告げられます。

毎日が辛く苦しい日々でしかないオフィリアは、パンの言葉に深くうなずき、試練に耐えて王国に帰ることを望むようになります。

ここから、現実の冷たく暗い暴力的な世界と温かい魔法の国とが徐々に交わっていきます。

映画館で見た当初は、照明の使い方が巧みで、美しい映像に見入ってしまいました。

この映画の原題は「EL LABERINTO DEL FAUNO」(ファウノの迷宮)です。

英語の題名「PAN'S LABYRINTH 」もありますが、これは英語圏の人たちには「パン」という方が分かりやすいということかも知れませんね。

パンは、ギリシャ神話に出てくる牧羊神で、それに対しファウノはローマ神話の神で、この牧羊神にあたるものです。

牧羊神は、山羊の脚を持ち頭に角が生えた神で、さまざまな時代に生き、色々な名前を持つと言われています。

また、人気のないところで混乱と恐怖をもたらすとされたことから「パニック」という言葉の語源とも言われています。

映画では、なんとも奇妙な外見で登場してきますが、最初はヨボヨボしたおじいちゃん(正確には性別はないのですが)のようなのに対し、物語が進んでからはなんだか若返ってシャキッとした感じになってきます。

これが何を意味するのか・・・DVDには監督のストーリーや映画製作の裏話が語られたコメンタリーが付いているので、ぜひ聞いてみてください。

また、この映画はCGの使い方が素晴らしいところです。
パンの脚もそうですが、妖精やナナフシ、巨大な蛙(一部人形)など、見ていて息を呑むくらい自然な動きで、見ていて思わず身を乗り出してしまったほどです。

Pans2少女を王国に導くパンの姿は圧巻ですが、子供を殺して食べてしまうという怪物、ペイルマンも度肝を抜かれました。

脇役が立っている映画ですね。

星の王子様にも「心で見ないと見えない」という場面がありますが、心で物を見なくなった大人には、決して魔法の国に属する物は見えません。

たぶん、これが現代だったら、オフィリアは心療内科にでも通わされて、病気扱いされてしまったでしょう。

残酷な世界の御伽噺でもあり、また人に依存していた少女が自分の意思で行動するようになっていく成長の物語でもあります。

ハッピーエンドか否かは、意見が分かれるところだと思いますが、私は素直にハッピーエンドだったと思うことにしています。

そうじゃなければ、成り立たないシーンもあるし。

昔、御伽噺は大人のために書かれたというのも、分かる気がします。
この映画も魔法の王国から逃げたお姫様が王国に帰るための試練を受けるなどというファンタジーの世界と、現実社会に生きる人の残酷さが散りばめられているから(それでもPG12でしたが)です。

この映画は、そんな大人のためのファンタジーとして、何度見ても飽きることがない素晴らしい作品になっています。

物語の中でとても重要な役割を果たす子守唄も、物悲しい旋律が涙を誘いました。

パンズ・ラビリンス(2006)
原題: EL LABERINTO DEL FAUNO
上映時間: 119分
監督: ギレルモ・デル・トロ
イバナ・バケロ(オフィリア)
セルジ・ロペス(ビダル)
マリベル・ベルドゥ(メルセデス)
ダグ・ジョーンズ(パン・ペイルマン)

写真:Picturehouse/Photofest/ゲッティイメージズ

説明責任を果たすとは?

今回の尖閣諸島の問題で、ひとつだけ良かったと思えることがあります。

それは、中国がいかに日本(政府)が考えている国から程遠いか、嫌というほど思い知らされたことでしょうか。

平和ボケして血迷ったとしか思えない外国人参政権なんて法案が絶対に通らないことを願いますが、この問題とちゃんとつなげて考えてくれることを期待します。

私は別に個人的に中国に恨みつらみはありませんし、中国人でも良い人はたくさんいます。

でも、あの中国という国を考えた場合、参政権など与えることになったら、ちょっと長く日本に住んで参政権を得たら、ここぞとばかりに政治に口出ししだすに決まっています。

そんなことにでもなったら、尖閣諸島だって中国の領土だとか、そんな恐ろしいことを言い出す政治家が増えてしまうかも知れません。

個人的というか民間交流はどんどんやるべきだし、政治や宗教などが絡まないところで、自由に行き来できる状況は確保しなくてはならないと思いますが、孫末代まで恨みを忘れるなという中国人気質を考え、いつまでも反日教育を続けている国、何かあればヤクザもびっくりするくらいの脅しの手法でめちゃくちゃなことを言ってくる国と対等につきあうとか仲良くするなんて思わないことです。

昔の政治家は、もう少し気骨があった気がしますが・・・。
金銭的に豊かになった代償って、人の心は荒廃し、誇りも失った幽霊のような人間が増えたことでしょうか。

とにかく、政権を取ったのはまだ日が浅いので、悪いところばかり取り上げて騒ぐ低俗なメディアの言うことは置いておいて、もう少し冷静に見ていこうと思います。

私が気になっているのは、小沢氏に対して色々な人が言っている「説明責任を果たしていない」ということ。

彼は何度かマイクの前で、自分はこうだとかレシートその他見せる必要のないものまで公開していると話しています。

その説明が十分かどうかは、実際私にも分かりませんが、もし、小沢氏は彼の立場で自分はこういう風に話せばいいのではないかと考えることは全て話しているとしたら、あとは「具体的に何が聞きたいのか」と思うのではないでしょうか。

仕事柄、よく何かの試験をするという説明会に行くことがあります。
市民団体の人は、そういうところに必ず来て「○○には反対です」というのですが、私が聞いていて、ちゃんと説明してるじゃないの?って思うことでも眉をひそめて「全然説明が足りません」とか、「説明責任を果たしていない」とか怖い顔をして言うのです。

でも、その人たちが「では、ここまでの説明を聞いてもなお、どういうところが説明が足りないのか」とか「具体的にどんなことを説明して欲しいのか」ということをはっきりと話した人はひとりもいません。

相手に詰め寄るくらい「説明せよ」と叫ぶのであれば、説明せよではなく、どういうことを説明して欲しい、自分はこういう事実が出てこない限りは信用できないなど、具体的に知りたいことや疑問に思っていることを言えばいいのに、そういうことは一切言わず、ただただ「説明が足りない」とオウムのように繰り返すのです。

小沢氏への「説明責任追及」にしても、ニュースなどを見ていて、あれ以上小沢氏が何を説明や証明してくれれば、納得するのかという具体的な質問をする人は見たことがないです。

私が質問される側で、自分が答えられることはすべて答えたと思っているときに責任・責任と連呼されても、では、これ以上何が聞きたいのですか?と逆に質問するでしょう。

政治家ですから、公人の中の公人で、不正は追求されなければならないだろうし、その姿勢は大事ですが、追及するならするで、説明せよとばかり叫んでいないで、何が聞きたいのか、もっと具体的な質問をきちんとできるようにしておかないと、ただ一人の人を追い詰めていじめているだけという風にしか私には見えません。

支持者でもないのに何ですが、人として見ていて、あまりにも便乗突っ込みばかりが目立つので、ちょっと考えてしまった今日この頃です。

ジャーロを観た・・・のは私だけ。

2010年10月1日(金)

以前ご紹介したダリオ・アルジェントの「ジャーロ」を映画の日1000円を狙って観に行きました。

モーニング&レイトショーなので、行かれるとしたらレイトしかなく、19時に待ち合わせしてご飯を食べてから入ろうということに。

同行のおタツは、出張先から直行ということで、ちょっと早めに着いたからキリンシティーにいるというメールが入りました。

きっとビールを飲んでいるんだなと(だってキリンシティーだし)思って、嫌な予感がしました。

渋谷駅について電話をすると「店変えようよ」というので、落ち合ってシアターN渋谷の近くにあるトラットリアでイタ飯と相成りました。

そこで、「まずは一杯」ということで、おタツはキールロワイヤル、私はスプリッツァーを注文。

料理を頼んで、美味しく食べながら、「じゃあ、2杯目は赤ワインかな」と赤ワインをグラスで注文しました。

・・・結果的に赤ワインを3本飲み、心地よい感じになっていたのですが、「絶対寝るでしょ!」と指摘すると、おタツは「絶対寝ると思う」と確信したように言い、椅子に座って本上映が始まるために場内が真っ暗になったら、ほんの2秒で寝てしまいました。

どうせ起こしたってまたすぐ寝てしまうので、私だけ映画を鑑賞して帰ってきました。

「あ~、気持ち良かったぁ~」

起きたおタツの第1声です。

「あのさぁ、ひとつ聞いていい?」というので、「いいよ」と言ったら、「面白かった?」と言われ、絶句。

「まぁ、それなりにね」

ということで、その日は解散となったのでした。

さて、その「それなりに面白かったジャーロ」ですが、どんな映画だったのでしょうか。

結構、初心に帰るっぽい感じのダリオ作品の初期の頃の雰囲気は出ていました。

結論としては、アルジェント作品にリアリティーなし!・・・に尽きますね(笑)
まぁ、これはダリオの作品が好きな人はみんな分かってることですけども・・・。

ダリオ監督って、日本人に思いいれがあるのか、前回のサスペリアテルザの時もヘンテコな日本語を話す悪魔(実際日本人ですが、現地で育った方みたいで、日本語は怪しかったんです)が出てきて笑わせてくれましたし、今回もしょっぱなに殺されるのは、日本人設定の何人だか分からない綺麗な外国人女性でした。

まぁ、国籍ってこととか、そういうことを言っちゃえばどんな人だって日本人である可能性はありますが、ここで描かれているのは、正真正銘の日本人という感じの設定なので、どうせなら本当に日本人を使えばいいのになぁ~と思っちゃったのは、私だけではないはず。

まぁ、血がドビャー!とか出ちゃう映画ですからねー。
あの映画に出ていいのかどうなのかっていうのはありますけども・・・。

とはいえ、主演は、戦場のピアニストでアカデミー賞を受賞したあのエイドリアン・ブロディなんですから、悪くはないような気もします(笑)

イタリアで起きた美女ばかりを狙う連続殺人犯を追う刑事という設定ですが、捜査の仕方からして、行き当たりばったりというかご都合主義。

しかも、「えっ!こんな犯罪現場を素手で?!」なんて細部のこだわりもなーんにもないんですよ。

結局、犯人は誰というのは早く出てくるので、謎解きというより、その謎をブロディ演じるエンツォ警部がどう解いていくかなんですが、分かった理由は「まー、よくあるお話ね」って内容で、別にどうってことない展開なのです。

しかし、それでもこの映画は面白かったと思えるのは、このハチャメチャなストーリーを俳優が(当たり前ですが)あくまでも真面目に演じているからなんですね。

エンツォ警部は、美しい母親を殺人鬼に殺されたという暗い過去があるのですが、それを乗り越えた出来事がこれまたすごい!

まぁ、いわゆる「ありえねー」ってことです(笑)

なんか、これやってて疑問が沸いてこなかったんかいな?なんて思うのですが、きっとダリオ作品て、そういうところを超えた面白さを楽しむ映画なんだろうなと思います。

最後の最後のシーンなんて、「ひょえ」って感じで、これはなんかいい!って終わり方でした。

ちょっとセンスを感じました。

あるシーンでは、サスペリアのオマージュか?ってところがあって、ダリオ作品をずっと見ている人にはクスッと楽しめるシーンもありました。

そして、イタリアが舞台でイタリア人が出てくる映画なのに、やっぱり誰もイタリア語を話さないというグローバル?な映画でした。

イタリア語だったら、もっと雰囲気出たと思うのになぁ~。

もうすぐ上映終了ですから、もし観たい方は早く劇場へどうぞ。

ジャーロ(2009)
原題:Giallo
アメリカ・イタリア映画
監督:ダリオ・アルジェント
エイドリアン・ブロディ(エンツォ警部)
エマニュエル・セニエ(リンダ)
エリサ・バタキ(セリーヌ) ほか

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