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ソング・オブ・ハート

Img_3247先週の土曜日に、友人が出演したゴスペル東京のチャリティーコンサートに行ってきました。

名前は聞いたことがありましたが、観にいくのは始めてで、しかも友人がゴスペルを始めていたというのにもびっくりな感じだったのですが・・・。

そうとなれば応援に行かねばなりませんというわけで、友人3人と観にいってきました。

このコンサートは、ゴスペル東京に所属する方たち(ほとんど素人さんです)の発表会的要素も大きいのですが、チャリティー団体とのコラボで、歌を通して「何か」を伝えたいという趣旨のものです。

そういう趣旨のコンサートですから、ある意味「技術」的なことは二の次ですし、それを期待しては行きませんでした。

友人もまだ始めたばかりですから、出演者のレベルも様々です。
そういう場合には、やっぱり心で感じる何かがあれば、「来て良かった」と思えるはず。

全体としてのレベルは高く、ハーモニーもとても綺麗でした。
それぞれが一生懸命練習して、楽しくやっているのも伝わってきて、良かったです。

ただ、彼らの歌には肝心の「心」が忘れられていたような気がして、ゴスペルの持つ「魂」みたいなものは、残念ながら感じることができませんでした。

綺麗に歌うとか、上手に歌うことに意識がいってしまって、肝心の「心」が感じられず、せっかくの歌の魂がどこかへ消えてしまっていました。

通常のゴスペルソングのほかにも、涙そうそうとか、島唄などの名曲をアレンジした日本語の歌もありましたけど、「綺麗な合唱」で終わったのは、本当に残念でした。

島唄なんて、詩の意味分かってる?という疑問が・・・。

観たのを後悔するようなことはないのですが、課題はここかなと生意気なようですが思いました。

せっかく、技術的にはいい物を持っているのに、肝心の歌の心、そして心の歌が疎かになっていては、人に感動を与えることはできませんよね。

友人にも正直にこの感想を送りました。

すると、打ち上げの時に先生からも同じことを言われたとのこと。
やっぱり、指揮をしたりしていても、そう感じていらしたのでしょうか・・・。

単なる趣味として楽しんでいる方もいらっしゃるだろうし、そういう人にとっては、技術的にうまくなりたいが先に来るのも分かる気はします。

心こそ大切なれ

簡単なようで、一番難しいのかも知れません。

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